チェルニー30番13 演奏解説

 チェルニー30番13を録音したので解説。
 トレモロの練習で、曲集全体だとスケールとかアルペジオが多い中、独特の立ち位置となっている。音楽の上での小難しいことは措いておいて、どうやって演奏するかという点に焦点を当てて説明する。真面目な解説はPTNAの解説とかチェルニーってつまらないの?とか読んだらいいと思う。
 楽譜はいつもどおり全音を使う。

リズムについて
 6/8となっているので8分音符6個で1小節なのだが、8分音符3個×2という組み合わせである。
 代表して12小節目を見てみる。

 左手の方が分かりやすいのだけど、1小節目の前半と後半で3音ずつになっているけど、音の並びが逆になっている。この6音について、DとEsを交互に弾くように見えるが、演奏する上で最小のフレーズとして3音の塊と見なければならない。決して8分音符2個×3ではない。従って、小節の前半と後半で音の並びが逆転するためかなり弾きづらく感じるが、それでも3音の塊として認識してリズムの取り方をそれに合わせなければならない。
 実際のところ、曲全体を見渡せば殆どの部分で3音×2という作りになっていることが分かるし、そのため一部だけリズムを変えるのでは筋が通らないのである。

テンポについて
 テンポを落として弾いた時はチェルニー30番で最も難しいと感じたのだけど、テンポを早くしても他の曲みたいに極端に難しくなるということはなかった。この曲を弾くのに必要な独特の技術を修得するのが大変で、速度を上げることがそれほどの障碍と感じなかっただけだと思う。
 指定テンポは付点四分音符で100bpm。速度自体は1番と同じだが、隣接する音が離れているので慣れないと1番よりも速度を出すのは大変である。

コンパス弾きについて
 これまで何度も説明してるけど、コンパス弾きがメインの練習課題の13番で説明を省くわけにはいかないので、繰り返しになるが書いておく。
 下の図のように、手首を回転させて手の両端である1指と5指がシーソーのようにキーを押さえるように弾く。この動きの際は、尺骨と橈骨がどの様に動いているかを意識しておくと良い[2]

 この動きをシュッテルング(Schüttelung)という[3]が、根津栄子に倣ってコンパス弾き[1]と呼ぶことにしている。なお、コンパスという道具はこのような動きでは使わない。何故「シーソー弾き」と呼ばなかったのかと。
 上の絵は分かりやすくするためにかなり極端に表現しており、実際はそんなに大きく動かない。結局、指を上げる高さはキーが戻れば十分なのである。ただ、この曲はトレモロの上の音と下の音で別の声部としているので、それぞれの指の上げる高さによって声部を表現するのもよい。
 コンパス弾きをするには鍵盤と手首の高さが近いほど手首の回転による指の移動距離が大きくなるので、手首を鍵盤の位置に近づけることで小さい動きで効率的に体を演奏することが出来る。
 根津はコンパス弾きを推すが、岳本恭治は指の付け根のMP関節の動きだけで打鍵するように言っているし[4]、更に言えばチェルニー自身が手首を静かに波打たせず弾くことを求めている[6]。作曲者を含めたプロフェッショナルが全く違ったことを言っているが、こういうのはよくあること。どちらかに固執せずに、場所によって弾きやすい奏法を選んだら良い。
 コンパス弾きは手首を中心とした回転を利用しており、従ってトレモロの上と下の音が離れているほど回転させる角度は小さくて済む。逆に言えば、距離の近い音を弾こうとするとかなり大きく手首を回さなければならない。コンパス弾きで距離の近い音を弾くのはかなり無駄が多く全くお勧めできない。どちらの弾き方にするべきというのはなくて、手首を回しながら指も動かして、2声の距離によってそれぞれの割合を変えればよいのである。
 コンパス弾きは目的とするキーの上下に対してかなり大きく動くため、無駄の多い動きだと言うこともできる。そのため長く演奏していると手首への負担が大きく手を痛めることにも繋がりかねない。疲れてきたり手首に負担を感じるようならさっさと練習を切り上げるべきである。

トレモロの種類について

 A.弱拍(後打ち)を1指が打つ場合、B.5指が後打ちをする場合、C.後打ちする音が特定の音である場合、D.強拍が重音の場合、E.半音階進行を組み込んだ場合[5]、と色々あって微妙に異なる技術を使う。
 普通は後打ちは弱拍であり、存在感を小さくしないといけない。コンパス弾きの際に、弱拍はあまり指を上げずに最低限の離鍵で済ませることで打鍵時に十分に加速することなく弱音を出し続けることが出来る。対して前打ちの強拍は離鍵時にある程度指を上げて勢いを付けて打鍵することで強い音を出すことが出来る。基本的に強弱は前打ちの強さで表現して、後打ちは常に弱音とするのが良い。

1516小節

 ✡15小節後半右手。直前までEsを押してるので鍵盤の奥の方を打鍵するポジションになっているが、そのままのポジションで弾こうとすると奥の方はキーが重くて弾きにくい。白鍵ばかりなので手前の方で弾く。
 ☆16小節右手。均一な強さで弾くか、あるいは2拍目のDBにアクセントを付けるようにするべきだが、このDBの5,4指に力が入らなくて音が弱くなってしまう。直前のBFを押した4,2指を振り上げる反動を利用することでDを強く叩くことが出来る。あるいは、このDを腕の重みを使って叩くとこの音だけに腕の位置エネルギーを消費することになり、他の音を強く主張できないのでD音にアクセントを付けることになる。1拍目と2拍目の間に僅かにタメを作って必要な音量を出すための準備としてもよい。

2324小節

 ※23小節後半右手。A音を外しやすい。手の位置を低くすることで弾きやすくなる。
 24小節右手。鍵盤と同じくらいの高さで指を伸ばすと引きやすい。5指の動ける範囲が狭まって、ちょうどGを外しにくくなる位置に5指が来るからである。ただし、この解決法は指の柔軟性が欠けているという証左であり、あまり好ましいやり方ではない。あまり大きく手を動かすことなく正確に打鍵できるようにするべきである。

2530小節

 ●左手の打鍵のタイミングは右手に合わせるのではなく、リズムに合わせる。右手を聞きながら合わせようとすると打鍵が遅れる。
 ※2628小節右手始めのCを急ぐあまり、直前のFが打鍵できていないことがある。このCを急がなければならない理由は何処にもないので前の小節はちゃんと最後まで弾くこと。

40小節

 ▲右手、チェルニー8小節とは異なる指使いを指定したのは不可解。混乱の元であり、非効率で意図不明。同じ指使いにするべきである。

4447小節

 ◎右手、1音おきに現れる後打ちのBは44小節だけだったら4指が弾きやすいが、続く45,46小節ではかなり弾きづらいので、最初から5指で弾く。
 ⑤コンパス弾きで和音を打鍵する際は2つの指が同時にキーを押せるようそれぞれの指の形を調整すること。
 ☆46小節後半右手。4指を上げておくこと。4指が下がってくると隣りのGesを押してしまう。
 ✡47小節前半右手。鍵盤の奥の方を押さえなければならないので、キーが重く手首の回転だけでは打鍵に必要なだけの力が出せない。また、4指が弱いとキーの慣性力に押し負けてキーを押し込むことができなかったりする。4指を鍵床まで叩きつけるつもりで打鍵する。ここはffだってことを忘れずに!
 チェルニーはこの曲集を子供向けの練習曲集という位置付けで作っており、1オクターブ以上の和音は出てこないのだが、4647小節で1オクターブを掴まなければならない。同時に打鍵するわけではないからと妥協したのだろうか。子供向けということで配慮するなら、そんなことよりもこの糞みたいなテンポをどうにかしろと言いたい。

48小節

 ■右手3音目のD。打鍵したら速やかに離鍵すること。ポジション移動の際にキーの上に指が残っていると手の動きに引きずられて指がキーのヘリに引っかかって怪我をする。打鍵の勢いのままキーの手前側に滑らせてやればよい。

参考文献
 [1]根津栄子, チェルニー30番 30の小さな物語・下巻, 東音企画(2013)
 [2]トーマス・マーク, ピアニストなら誰でも知っておきたい「からだ」のこと, 春秋社(2006)
 [3]井上直幸, ピアノ奏法―音楽を表現する喜び, 春秋社(1998)
 [4]岳本恭治, ピアノ・脱力奏法ガイドブックVol.2<実践編・チェルニー30版を使って>p40, サーベル者(2015)
 [5] 標準版ピアノ楽譜 チェルニー30番, 音楽之友社(2007)
 [6]グレーテ・ヴェーマイヤー, カルル・チェルニー ピアノに囚われた音楽家, 音楽之友社(1986)

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