チェルニー30番28 演奏解説

 チェルニー30番28は最後の方にしては弾きやすい部類で、難易度順に並べているチェルニー30番 30の小さな物語でも前から8番目に配置されている。ゆっくり弾けばたしかに簡単な曲ではあるが、指定のテンポで弾くのは簡単ではない。疲労を抑えながら最後までテンポを保つというアスリートみたいなことをしなければならない。
 いつも通り、楽譜は全音版を使う。借用和音の話とか、半音階下降が隠れてる[2]とか難しいことは抜きにして、瑣末なメカニカルな部分を始め低レベルな解説をする。まともな解説はピティナが行っているのでそちらを参照されたし。

テンポについて
 付点4分音符で72bpmということで、同音連打が練習課題となっている12番26番よりはゆっくりであるが、これらは単音の同音連打であり、重音の連打である28番とはまた異なる。シューベルトの魔王が12番と同じ速度の重音の連打なので、比べるのならこちらだけど、魔王の方はテンポが少し早いとはいえオクターブのが多いのと休憩できるポイントがところどころ挟まるので、速度的な部分での難易度としてはどっちもどっちな感じとなる。

手元を見ずに弾く
 同音連打ということでポジション移動が少なく、また左右ともに音域が狭く跳躍距離も1オクターブを越えることがないので、ほとんど手元を見る必要がない。
 ただ、7小節24小節右手のように難しくてミスタッチしやすい部分や、23小節左手みたいに掴みにくい和音の部分は目視したほうが良い。
 手元を見ずに弾くためには、現在の手と次に押すべきキーの位置関係を把握していなければならない。僕の場合は打鍵した瞬間に、現在度の音を押しているのか忘れてしまう癖があるので、楽譜に次の音との位置関係を書き込むことで、現在の位置を見失っても次に押すべきキーの位置を推測できるようにしている。


同音連打について
 12番26番は単音の同音連打なので、キーを手前に引っ掻くようにして打鍵後指をキーからどけることによりキーが最大速度で元の位置に戻るのだが、和音の同音連打の場合は手前に引っ掻くということができなず、指を上に上げるという離鍵動作でキーが上がるようにしなければならない。岳本恭治がいうようにアップリフトを感じながら離鍵するような悠長なことをしていては到底指定の速度では弾けない[1]
 考えなければならないのは、打鍵と離鍵に要するエネルギーをどこまで小さくすることが出来るかということ。考えなしに腕を上下してガンガン連打していたらすぐにへたばってしまう。根性で最後まで弾ききってやるという脳筋の方がそういう演奏法でクリアするというのなら止はしないが、あいにくと僕みたいな軟弱者にはそういう演奏に絶えられるだけの体力がない。
 結局、考えついたのは次の3点である。
・腕はできるだけ動かさず、手首から先を上下させる。
・離鍵の際は、キーが元の位置に戻るほど指を上げない。
・打鍵時に手指の形が変形しないように手を固くする。
 以上の3点である。以下にそれぞれ説明していく。
腕はできるだけ動かさず、手首から先を上下させる。
 これはもちろん肘を動かすことで余計なエネルギーを使わないためである。同じことをショパンエチュードOp25-9を解説したときに書いているので転載する。

 オクターブを軽やかに弾く練習なので、手首を柔らかくして手首の上下で鍵盤を押さえる。腕を上下させると動きが大きいために余計な疲労を呼ぶことになるし、動きが大味のなるので音に繊細さが欠けることとなる。この動きが身についていないうちは、ぎこちない動きになるかもい知れないけど、練習していればやがて脱力して弾けるようになるので、練習初期から手首の動きを意識するようにすると良い。

離鍵の際は、キーが元の位置に戻るほど指を上げない。
 ダブルエスケープメント機構は1822年にエラールによって特許取得されており、チェルニーがこの曲集を書いた1856年にはこのシステムを備えたピアノはすでに広まっていたため、チェルニーはダブルエスケープメントを前提としてこの曲を書いていると見て間違いない[3]
 ダブルエスケープメント機構とは、大雑把に言うと、打鍵後キーが一番上まで戻らなくても同じ音を打鍵することができる構造である。これによって、キーを半分くらいまで戻したところで再度打鍵することができる。打鍵の際の手が上下する距離が断然短くなるのである。それだけ、速く小さいエネルギーで打鍵が可能であるのでこういった曲ではまさにうってつけである。
 ちなみにアップライトには基本的にこの機構はついていないのでこういう弾き方はできない。ただ、アップライトの左側のペダルを踏むことでハンマーと弦を近づけることができるので、幾分早い動きができる。ただし、音は弱くなる。
打鍵時に手指の形が変形しないように手を固くする。
 打鍵時に指が変形するということはそこで余計なエネルギーを消費し、それだけ音が弱くなってしまう。弾性変形によるエネルギーのロスで、ゴムより木、木より鉄の方が衝撃を強く伝えられ、打撃力が高いのと同じことである。本来であればもっと弱い力で出せる音量しか出てこなくなる。ピアノのキーは意外と重いので指がキーに押し負けたりすると、指の変形となりエネルギーロスにつながる。
 もちろん、音の強さは弦を叩くハンマーの速さ、つまりキーからハンマーが投げ出されたとき(レット・オフ)のキーを押し下げている速度で決まってくるので、その後に力を入れようが抜こうが株雑音の量が変わるだけでハンマーが弦を叩く音に変化はない。
 そういうわけで、キーを押し下げ始めてからレット・オフまでの間に手の形を変えないようにすることである。手に力を入れることになるが、脱力の妨げではないことは理解しておかなければならない。脱力とは余計な力を抜くことで、必要な力入れなければならないからである。

1小節


 ①装飾音を弾くタイミングは作曲者ごとに色々あるけど、チェルニーは前打音として正規の拍より前に弾く。

7小節

 この曲で一番難しいのがこの右手24-35-24という3度の重音進行の部分。
 4指は隣の指と腱を共有しており、動かそうとすると隣の指も同じように動こうとする。この部分はそういった人間の体の作りを無視しており、なかなか弾けない。スタッカートなので、1音目を離鍵してから2音目を打鍵し始めるのだが、2音目の打鍵と一緒に1音目を押したはずの3指が一緒に降りてこようとする。2音目にFが一緒に鳴ってしまうことになる。これがスタッカートではなくレガートであれば、2音目を押してから1音目の指を離鍵するので、問題にならないのである。
 ここはチェルニーの指使いの指定が悪い。もしかしたら動かない指を動かせという課題なのかもしれないし、この部分だけ取り出して弾いてみると弾けないわけではないことは分かる。でも、指が動かないんだから仕方ないだろ。そんなわけで、4-5-4という指使いが不合理であるのは明らかなので、譜例にあるように13-24-13-13と指使いを変更した。
 多少の困難はあっても、指使いは指定されているとおりに弾くこと。[4]とか楽譜の解説文には書いてあるけど、一方音友版には正しい指使いを最初から決める[2]と、指使いの自由度を演奏者に与えないでもない記述をしている。
 *その後、13指による3度の下降スケールは、全て白鍵であり、黒鍵を触ることによる位置の確認ができないので手元を見ないと弾けない。

8小節

 右手。最初の3音にスラーが付いていて、残りがスタッカートとなっていることに注意する。

1011小節

 11小節。右手最初のCGB。この黒鍵を5指で弾くというはどうも納得いかない。どう考えても、こちらの方が弾きやすい。

16小節

 ☆右手。暫く休符が続くが、次の音はすぐ近くなので、離鍵後ポジションを変えないこと。また、その際、指が降りてきて気づかないうちに打鍵していたとかいうことがあるので注意。

2124小節

 フォルテシモで更にアクセントまで付いているので、最後に余力が残っているのなら肘も使って全力で和音を打ち鳴らしても良いかもしれない。ただ、動きが大きくなるので音を外しやすくなる。
 ✡23小節右手。スタッカートは離鍵時に大きく手を動かしてしまうことでポジションがブレやすい。ポジションがブレると手がどこにあるのかわからなくなるので、手元を見なければならなくなる。ここは同じ指を使った和音の連打ではないので手首の動きは必要ない。指の動きだけでスタッカートにできる。1指だけはキーを手前に引っ掻く動きでスタッカートにすると次の指くぐりをしやすくなる。指くぐりの部分は外しやすいので上手くできないようなら手元を見たら良い。
 ※23小節左手後半。黒鍵の隙間を押さえなければならず、ミスタッチしやすい。せめて5指のCだけでも手前の白鍵の広い部分を押さえてミスタッチしづらくする。
 ◎24小節右手。最後のFを結構外しやすい。最後の1オクターブだけコーダに託つけて僅かに遅らせても良い。

参考文献
 [1]岳本恭治, ピアノ・脱力奏法ガイドブックVol.2<実践編・チェルニー30版を使って>, サーベル者(2015)
 [2]末吉保雄 上杉春雄, チェルニー30番 New Edition 解説付音楽之友社(2007)
 [3]上田泰史, 「チェルニー30番」の秘密――練習曲は進化する, 春秋社(2017)
 [4]ツェルニー 30番練習曲, 全音楽譜出版社

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