チェルニー30番24 演奏解説

 チェルニー30番24。シンコペーションの練習。
 いつも通り、楽譜は全音版を使う。音楽性とかいった曖昧で難しい部分は割と閑却して、メカニカルな部分を中心に低レベルな解説をする。

 「シンコペーション」の意味を調べると、同じ高さの弱拍部と供拍部とが結ばれて、弱拍部が強泊部になり、強拍部が弱拍部になって強弱の位置が変わること[1]と非常に分かりづらい表現で説明がなされており、畢竟何を言ってるのか分からない。あるいは、拍子、アクセント、リズムの正規的な進行を故意に乱すことをシンコペーションといいます。[2]という表現もあってこちらのほうが幾分分かりやすい。というか、この曲の解説として合致する。
 自分としては、本来、小節の最初の音が強くなければならないところが、そうなっていないという程度に思ったら良いのじゃないかなと思っている。
この分かり辛い説明のせいで、自分の中でもシンコペーションっていうのが何を意味してるのかイマイチ分かってない部分がある。この曲の右手が左手から16分音符分だけ遅れらせている部分を「正規的な進行を故意に乱す」ということができるのだけど、そうすると、例えばモーツァルトのソナタ11番第3楽章(いわゆるトルコ行進曲)でのオクターブ進行[3]の打鍵タイミングをずらす部分もシンコペーションとなりそうなものだけど、最初の音に直截的にアクセントが書き込んであるので、これはシンコペーションではないと言い張ることができる。
 ショパンの幻想即興曲(通常出回ってるフォンタナが手を加えたやつ)の17~21小節、95~99小節[4]は各拍2音目にアクセントが付いているのでこちらは明確にシンコペーションということができる。
 一方この24番は17~24小節のような左手が伴奏になる部分意外は、左手が主旋律となるのでトルコ行進曲と同じ構造で語ることができる。ただし、トルコ行進曲と違って小節頭ではない部分にアクセントのある小節が存在すること。このアクセントを捕まえてシンコペーションと言うこともできるけど、ヘラーの《全ての長短調による練習曲》をこれと同様のシンコペーションと書いている文献もある[6]ので、オクターブをずらして弾く形態を指していると見て間違いないと思う。

 シンコペーションは措くとして、こういうタイミングをずらしたオクターブはベートーベンがよく使っている。例えばピアノ・ソナタ13番Op27-1第2楽章89小節から[5]はまさにそのものだし、他にも探せばいろいろと出てくる。ベートーベンを弾くための練習曲であるチェルニーにはあって当然の形態である。
 この左右の手の打鍵タイミングのズレは脳が不快に感じて自然と補正させようとしてしまうので、敢えてずらしているということを強く意識して弾かなければならない。

テンポについて
 4分音符で112bpmとチェルニー30番にしてはゆっくり目のテンポを指定している。しかし、前の音を聴いて、適切に次の音の打鍵タイミングを測ろうとすると、この速度はギリギリとなる。勿論これよりもかなり速く演奏することも可能だけど、その場合は前の音を聴く前から先行して打鍵のモーションに入っている必要があり、この練習曲の求めるものとは別の課題となる。

黒鍵に対する命中率を劇的に上げる
 手元を見ずに弾くとどうしてもミスタッチが多くなるのだけど、それに対していろいろと命中率改善のために小細工を弄したくなる。

 例えば6小節左手最初の譜例に矢印の付けてあるCis。この音をやけに外しやすかったので、2指と3指をくっつけてテキトーにCisの辺りを押すようにした。接触できる範囲がほぼ倍になるため、ほとんどミスタッチはなくなった。また、黒鍵であるため、隣のキーまで相当に距離があり、間違って隣のキーを押すということもない。
 気をつけるべきは、ヒットした指だけ打鍵抵抗で動きが止まってもう一方の指はそれまでの勢いを保ったまま下がっていくとその先の白鍵を押してしまう。そうならないように3指と4指をしっかりくっつけて一心同体で運用すること。また、指は伸ばし気味にしたほうが良い。

アクセントについて

 全音版の注釈に「このアクセントはとっても重要だからちゃんと弾きなさいよ」と書いてある[7]。何がどう重要なのかよく分からないけど、折角ところどころアクセント記号が付いているのでちゃんと無視せずにちゃんと弾くようにした。
 さて、この3小節と同様のフレーズが11小節と27小節である。

 11小節は9~16小節のスタッカート変奏の3小節目。右手だけにアクセントが付いている。27小節は再現部だけど、こちらは3小節目と同様に両手ともアクセントが付いている。再現部というと、25小節の最後の部分には1小節にはなかったアクセントがある。よく忘れるので見落とさないように丸で囲っている。
 それから、5小節最後のアクセント。
 チェルニーはこれらのアクセントで何かを伝えたかったらしい。全音の編集者は理解しているようだけど、残念ながらその重要性は練習者に伝わっていない。僕みたいな凡人はその意味を理解できずにただ書いてある通りにアクセントを着けることしか出来ないのである。
 ネット上でこのアクセントの意味を探しても、アキラの音楽空間(魚拓)というサイトで「アクセント等を正確に弾いた方がリズムが安定します」という記述が見つかるのみである。どっかの解説文で何かしら見つけることが出来たら、この部分は書き直そうと思う。

9~16小節

 ☆両手ともスタッカートになる。音を短く切って跳ねるように演奏するのだが、実際に手を物理的に上下に跳ねてはいけない。指の動きだけでスタッカートにするべき。というのは、無闇に手を上下させると今現在手がどこにあるのかを見失ってしまうため。

17~22小節

 ✡16小節前半までは左右がオクターブ離れているだけだったけど、17~22小節は左手が分散和音であるため個別の音が聴き取りづらく、右手のタイミングを正確に取るのが難しくなる。ここは、フレーズ最初の休符だけしっかりと入れて、あとはsh余パン風のテンポ・ルバートで弾くのも悪くないと思う。その場合、22小節の最後をきっちりと合わせる必要がある。22小節後半のテンポを遅らせることで割と自然に正しいテンポに合わせられる。
 ショパンのルバートについては過去どこかで解説したことがあるかもしれないけど、伴奏部を弾く方の片手で正確な店舗を保ちながら、メロディーを歌う方のもう一方の手で、拍子にとらわれない真の音楽的表現を目指す[8]というもの。伴奏を正確にして、旋律は自分の好きなように伸縮させて演奏したらしい。
 そういうわけで、この17~22小説はフレーズ最初の16分音符だけきっちりと休んで、続く部分は伴奏の枠内に収まるように好きなように弾くようにした。
 ちなみに17~22小節では各フレーズの長さが、1小節-1小節-2小節-2小節となっている。短いフレーズから長いフレーズへと移行する形となっている。ただ、21~22小節は真ん中でスラーが切られているので、チェルニーはフレーズを切っているつもりなのかもしれない。でも、22小節はFisからではなく、タイで繋がったGの後半からスラーが伸びてるのはどういうことなんだろ。この表記だとフレーズを切ってることにならないじゃん。後半のフレーズとするんなら続くFisからスラーを伸ばすべきでしょ。

21小節

 ◎右手最初。前の音から2オクターブ上への跳躍。手が長距離を移動した末の打鍵なので斜めにキーを押したくなるが、ちゃんと真上から押すこと。斜めに打鍵すると余計に力がいる上に、白鍵だと隣のキーを一緒に押してしまう。手の移動は水平方向に直線的に移動するんじゃなくて、弧を描くようにと意識する。

22小節

 ☆左手、ベースのD→Disを3→4で撮ると音を保持できない。しかし、4音目のFisをしっかり保持していれば、短時間だけベースを切っても音が切れたことに気づかず、ちゃんと保持しているように聞こえる。

29~31小節

 ●左手が和音の連打となり、これまでと様子が異なる。油断すると右手と左の打鍵タイミングが一致してしまう。というのは、同じ音を連打しているので連続する一つの音のように聞こえるために、正確な打鍵タイミングを測るのが難しいため。この部分は2拍ごとに1つのフレーズとみなして、それぞれのフレーズを始めるときだけ、右手が入る前に16分休符を確実に挟んで遅らせるようにして、続く3音は不自然でないタイミングで打鍵する。3音は徐々に左手のタイミングに近づいていくかもしれないけど、右手と左手がピッタリ合うほどにはズレてこないので、なんとか左手の連打の隙間に押し込むことができる。
 あるいは、脳が勝手に補正する際に、無意識のうちに右手を速く、左手を遅くして左右の打鍵タイミングを一致させようとするのを逆手に取って、その傾向と逆行するように意識的に右手を遅く、左手を速く弾くようにしても良い。

32小節

 ▲右手。最初のD-Fisを3-5で取るとき、5指を下ろすのにつられて4指が下りてくると、この2音の間にある黒鍵Disを押してしまうのでしっかりと4指を上げておくおこと。あるいは、ここに指使いを変更してD-Fis-Dを2-4-2で取ることで、鍵盤の手前の方で弾くようにしても良い。
 ※左右ともに3オクターブに渡る跳躍で、とてもミスしやすい。すくなくとも左手は手元を見ずには弾けない。右手は分散和音なので手元を見ずに弾けないこともない。両手とも手元を見て引く場合は、1拍目前半を弾きながら左手2拍目の位置をしっかりと確認記憶する。2拍目に入るまでに右手に視線を合わせる。1拍目の最後からはずっと右手の打鍵位置を追う。一方左手は記憶にあるDのいちに1指を於いて、2拍目の拍頭で打鍵。次いで3泊目は1オクターブ下のDなので手が覚えている1オクターブの幅で打鍵位置を確定する。最初の一瞬だけで左手2拍目のDの位置を記憶するのがポイントである。

参考文献
[1] 音楽中辞典, 音楽之友社(1979)
[2] 根津栄子, チェルニー30番 30の小さな物語・下巻, 東音企画(2013)
[3] 全音ピアノ名曲100選 初級編 2版, 全音楽譜出版社(2004)
[4] 井口基成, ショパン集1, 春秋社(1949)
[5] ハロルド・クラクストン, ベートーヴェンピアノソナタ集2, 全音(1972)
[6] 上田泰, 「チェルニー30番」の秘密: 練習曲は進化する, 春秋社(2017)
[7] ツェルニー30番練習曲, 全音楽譜出版社
[8] ジャン=ジャック・エーゲルディンゲル, 弟子から見たショパン―そのピアノ教育法と演奏美学, 音楽之友社(2005)

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