チェルニー30番14 演奏解説

 チェルニー30番の14番を録音・公開した。
 テンポの早いタイプの解説は9番以来となる。テンポの速いタイプとはいっても4分音符で80bpmなので、もっと速い曲はいくらでもある。それでも速いことに変わりはなく、自分で弾いておきながらもヤケクソ感が強い。
 いつも通り、楽譜は全音版を使う。例によって、演奏する上で特に注意するべきことは楽譜の解説に書いてあるので、その部分は割愛し、もっと瑣末なメカニカルな部分を始め低レベルな解説をする。

全体的に
 ゆっくり弾く場合、椅子は低いほうが綺麗にスケールを弾ける。指くぐりのときに2指を上に向けやすくなるためだと思う。しかし、テンポを速くすると一々指を上げている余裕がなく、2指を離鍵する前に手をひねって1指を指くぐり先のキーに近づけるようにして弾くしかなくなる。2指は引き摺るようにして離鍵することとなり、奇しくも岳本恭治氏が主張するようにアップリフトに頼ることになる。こうなってくると椅子の高さは関係なくなる。
 指定の速度で弾こうとすると、打鍵し終わってから次のキーを押そうとしても到底間に合わない。打鍵しようと指を振り下ろしている最中に次の指を下ろし始めなければならない。しかし、そうなると打鍵のタイミングが更に合わせづらくなる。指を振り下ろす前、準備状態の指の高さでタイミングを制御することができる。
 岳本恭治氏はピアノ脱力奏法ガイドブック 2で次のようにポジション奏法を提案している[1]
 この奏法は、第1指が他の指の下をくぐる、または他の指が第1指を飛び越えるところで、フレーズを切り離し、手全体を移動させポジション移動する奏法です。
 この奏法を指定のテンポで行うのは物理的になかなか難しいことを次に示す。

 ポジション移動に際してどれほどの力が求められるかを調べる。以下にポジション移動の速度から加速度、力を求める。
 ポジション移動の際の指使いが例えば1234123という場合、4-1の移動距離は5度となる。先程ピアノに定規を当てて測ったところCの左端からGの左端までの距離は9.4cmだったので距離はこれを使う。
 この曲は4分音符で80bpmであり、パッセージは32分音符で書かれているので、1分間に80bpm×8=640回の打鍵を行う。1秒あたりの打鍵回数は10.67回であり、1音あたりに要する時間は1秒÷10.67=0.09375秒である。
 0.09375秒で9.4cm移動する速度は0.094m÷0.09375s = 1.00267m/sとなる。
 これは平均の速度なので、実際は0m/sから加速を初めて最大速度を経て減速して最終的に0m/sにならなければならない。加減速の加速度を一定とすると次のイメージとなる。

 スタートが0秒でゴールが0.09375秒。その中間地点の0.046875秒が最高速となる。0秒から0.046875秒で加速、0.046875秒から0.09375秒で減速する。
 このグラフと横軸が作る三角形の面積が移動距離であり、0.094mとならなければならないので、0.046875秒時点での速度をvとすると、0.09375s×v÷2 = 0.094mという式が成り立つ。これを解くと、v = 0.094m÷0.09375s×2 = 2.00534m/sとなる。実際は平均速度の1.00267m/sの二倍になることは一見して分かるのでこんな余計な計算はしない。
 0.046875秒で2.00534m/sまで加速することがわかったので加速度は2.00534m/s÷0.046875s = 42.78m/s2となることがわかる。
 42.78m/s2がどの程度のものかってちょっと想像しづらい。Wikipediaの加速度の比較を見ると40.22m/s2岩手・宮城内陸地震地震による世界最大加速度)としているけど、やっぱり分からない。
 そんなわけで、真面目にこの値を見つめることにする。地球上の重力加速度が9.8m/s2なので、42.78m/s2というのは重力の4.365倍、つまり4.365Gということになる。
 人間の腕の重さが3kgということなので[2]、この重量物を加速するのに必要な力は4.365G×3kg = 13.096kgwとなる。"kgw"という単位は地球上でのその重さの質量を支えるのに必要な力である。つまり、ピアノの鍵盤の上で13kgの重量物を支えるだけの力で加減速しなければならないことになる。
 13kgの重量物って咄嗟に思いつかないのだけど、結構な重さになる。18Lの灯油が14.4kgなのでそれよりもちょっと軽いくらいといったら大体想像がつくかなと思う。これだけの力をピアノを演奏する姿勢で発揮するのはそう簡単ではない。
 ピアニストなんてアスリートみたいなものだから、訓練したらできるようになるのかもしれないけど、僕みたいな軟弱な素人では試してみようかという気にもならない。
 ここで書いたのはあくまで指定のテンポでは難しいという話であって、ゆっくり演奏する際の脱力の練習という点においては有効なのかもしれない。
 指定の速度で弾こうとする場合、脱力は不可欠だが、ポジション奏法は不適である。結局、滑らかに指くぐりできるようにならなければならない。

 右手のスケールの練習なので左手が疎かになりがちだけど和音のタイミングをバラけさせずにpの部分でもしっかり鍵床まで押し込むこと。特に1指で2音押すときはキーの慣性抵抗が倍になるので指が押し負けないようしっかりと手の重みを支えられるだけの力を込めること。
 出来るだけ手元を見ずに弾く練習をしているのだけど、どうしても手元を見なければ位置がわからない部分も当然あって、そういうところは楽譜に*印を書いて手元に視線を誘導するようにしている。

5小節右手

 ☆上りのスケールで3指の下を1指がくぐるときに2指がキーの上に残っていると凄く邪魔なので、3指が打鍵するのと同時に離鍵するだけにとどまらず積極的に指を上げて1指の通り道を開ける。5小節は黒鍵が良い位置にあるのでまだ引きやすいが17小節などは意識しないと指が引っかかる。どうしても速度が出せない場合は手元を見ると速く弾ける。

6~8小節

 ※sfによるアクセント。
 曲にスイングをつける役目のアクセントという解釈がある[3]。確かにその音を強く弾くばかりがアクセントではなく、その部分でわずかに停滞することで強調することができるのだけど、ここではフォルテの記号が付いているだけに強い音で強調したい。

13~22小節
 D dur→A dur→E durと5度ずつ上に転調して緊張感を上げていき、20小節で最高に盛り上がる。そして、22小節で5度下がりA durとなって弛緩する。
 この部分は次のような和音進行となっている。

小節番号 調性 主調(A dur)との関係 和音
13 D dur 下属調/サブドミナント(S)  \mathrm{ V_7 }
14  \mathrm{ I^6_4 }
15  \mathrm{ V, I^6_4 }
16  \mathrm{ V_7 }
17  \mathrm{ I, V^6_5 }
18 D dur
A dur
下属調/サブドミナント(S)
主調/トニカ(T)
 \mathrm{ I \\ V_2 }
19 A dur 主調/トニカ(T)  \mathrm{ I_6, V^6_5 }
20 A dur
E dur
主調/トニカ(T)
属調/ドミナント(D)
 \mathrm{ I \\ V \! I \! I }
21 E dur 属調/ドミナント(D)  \mathrm{ I \! V_6 }
22 A dur 主調/トニカ(T)  \mathrm{ V_7 }


22小節右手

 ※5指のDにアクセントを付けffであることを主張する。このD以外の音はキーの位置と指の使い方の関係上、なかなか強い音は出せないため。
 Gisだけ黒鍵であり、これを弾くためには鍵盤の奥の方に移動しなければならない。手を外側に向けて2指をGis、5指をDに同時に乗せるポジションだと、Aが非常に引きづらくなってしまう。ここは、手はまっすぐ正面に向けてDHAと順に弾いていく内に徐々に奥に移動する。そして、Gisを押したら素早く元の位置に戻ってその勢いでDを叩く。

25小節左手

 ☆このCis-Aの和音から2小節の間、左手は暇をすることになるのだが、だからといって鍵盤の上から手をどけてはいけない。左手は離鍵したまま動かさないでおく。27小節で左手で再度打鍵するときに同じキーを押すので、手を動かさないでいれば押さえるキーを探す必要はなくなる。

28小節右手最終音

 普通に弾こうとするとA音を黒鍵と黒鍵の隙間で弾かなくてはならず、ミスタッチしやすい。できるだけ体を左に移動し、右手を外側に向けることで黒鍵のない手前の部分を5指で押さえることができる。

参考文献
[1] 岳本恭治, ピアノ脱力奏法ガイドブック 2 <実践編/チェルニー30番を使って>, サーベル社(2015)
[2] 小川 鑛一, イラストで学ぶ看護人間工学, 東京電機大学出版局(2008)
[3] 室井摩耶子, チェルニーってつまらないの?, 音楽之友社(2002)

関連エントリー
 20200601 チェルニー30番30 演奏解説
 20191022 チェルニー30番29 演奏解説
 20190815 チェルニー30番28 演奏解説
 20190609 チェルニー30番27 演奏解説
 20191007 チェルニー30番26 演奏解説
 20190211 チェルニー30番25 演奏解説
 20180817 チェルニー30番24 演奏解説
 20180721 チェルニー30番23 演奏解説
 20180513 チェルニー30番22 演奏解説
 20180216 チェルニー30番21 演奏解説
 20171230 チェルニー30番20 演奏解説
 20170905 チェルニー30番19 演奏解説
 20170806 チェルニー30番18 演奏解説
 20170506 チェルニー30番17 演奏解説
 20170107 チェルニー30番16 演奏解説
 20170303 チェルニー30番15 演奏解説
 20161123 チェルニー30番14 演奏解説
 20201117 チェルニー30番13 演奏解説
 20160910 チェルニー30番12 演奏解説
 20160429 チェルニー30番10 演奏解説
 20160424 チェルニー30番9 演奏解説
 20160301 チェルニー30番6 演奏解説
 20160101 チェルニー30番5 演奏解説
 20151218 チェルニー30番4 演奏解説
 20151211 チェルニー30番3 演奏解説
 20151213 チェルニー30番 演奏時間
 20160816 ピアノ演奏の脱力について