チェルニー30番26 演奏解説

 26番はチェルニー30番の中で唯一短調であり、随一の旋律の美しさを持っており、多分チェルニー30番では一番人気ではないかと思う。ゆっくり演奏するなら「きれいな曲だなー」とか言いながら演奏していられるのだけど、例によって指定のテンポは無茶苦茶速いので、そんなこと言ってられない。
 いつも通り、楽譜は全音版を使う。

曲の構成

提示部 18
展開部 924
再現部 2528
コーダ 2936

 この様になっており、また、適宜転調があることからソナタ形式を見立てた構造であり、プロトソナタ(原ソナタ)形式と呼ぶ場合もある[1]が、普段どおり難しいことは抜きにして些末なメカニカルな部分を始め低レベルな解説をするので、曲の構造についてはこれだけで済ませておく。

テンポと同音連打について
 4分音符=92
 基本的に16分音符の3連符となっているので、4分音符に6音入っている。ということは1分に6×92=552回、1秒間に552÷60=9.2回の打鍵を行う速度である。
 同音連打の練習は12番もあるが、こちらは1分間に456回と少しゆっくりである。シューベルトの魔王が12番と同じ連打速度なので、26番は魔王よりも速いということになる。
 ピアノの機能として同音連打の回数はグランドピアノは1秒間に13-14回の連打が可能であるが、アップライトピアノは通常その半分程度である[2]。すると、12番はギリギリ不可能ではない数字だが、26番は不可能である。12番も不可能ではないとはいえ、理論上の話であって、現実的には不可能である。
 グランドピアノで同音連打を速く行えるのはダブルエスケープメント機構のためである。アップライトでは鍵盤を押すとハンマーが上がって原を打ち、完全に元の位置に戻ってから次の打鍵に備えるのが普通でるが、グランドピアノはダブルエスケープメント機構を備えておりハンマーが完全に元の位置に降りなくても次の打鍵ができるのである。
 ダブルエスケープメント機構は1821年にエラールによって特許が取られており[3]チェルニーがこの曲集を作った1856年[4]にはとっくに普及していた。チェルニーはダブルエスケープメント前提でこの曲集を書いており、アップライトのことは考えていない。
 アップライトには左のペダルがある。これはペダルを踏むとハンマー全体が弦に近づき、音がソフトになり、また鍵盤が浅くなる[5]。その結果、ハンマーが弦を叩いて戻ってくるまでの時間が短くなるのである。加えて、キーが軽くなるので同音連打には向いている。また、アップライトだけでなく、ファツィオリのグランドピアノにもこのペダルが採用されているモデルがある。このペダルを踏むことによりどれくらいの速度で同音連打が可能になるのか分からないが、もしかしたらこの曲も演奏できる用になるかもしれない。ただし、ピアノのレッスンは大抵グランドピアノので行われるので、この奏法が評価される機会はないんじゃないかな。

同音連打の演奏法
 同音連打の演奏法はピアノ演奏の脱力についてというエントリーで説明したのだけど、キーを手前側に引っ掻くようにして打鍵する演奏方を勧める。離鍵した時にキーの戻る速度が速いほど次にキーを押す準備が速くできるので同音連打も速くなる。従って、打鍵後速やかにキーの上から指をどける、手前に引っ掻く奏法が有効である。できるだけ早く離鍵するために、可能な限りキーの手前の方で打鍵する。キーの端、ヘリのギリギリのところに指先がかすめるように指を振り抜くのが良い。キーのアップリフトとかを感じている余裕はない。
 また、指先側にあるDIP関節、PIP関節の2つの関節を真っすぐ伸ばして固定し、指の付け根であるMP関節だけを曲げて弾くと安定する。
 指がキーに対して平行になっていないと引っ掻いて指を曲げたときに隣のキーに引っ掛けてしまう。

禁じ手
 上記のようにキーを手前に引っ掻くようにして弾くわけだけど、キーと指の間に摩擦抵抗が発生する。長く練習していると指先が減っていたりすることもある。そうなると結構痛みを伴うので練習するのが嫌になる。
 怪我するのはどうでも良いのだけど、指とキーの摩擦抵抗があるということは、それだけで打鍵速度を鈍らせることになる。そこで、指とキーとの摩擦を減らす事を考える。
 とは言っても、できることといったら指先に潤滑剤をつけるという程度しかない。エアホッケーみたいにキーに小さな穴を開けて空気を送り出して指とキーを直接接触しにくくするとかもありかもしれないけど、そういうのは普通に駄目だと思う。
 何を潤滑剤にするかということだけど、水とか油がぱっと思いつく。しかし、油がピアノにつくとキー側面の無垢の部分に染み込んですっごく汚らしくなりそう。だからといって水は畢竟楽器からできるだけ遠ざけるべきものであり論外。そんなときにベビーパウダーである。昔はソフトペダルでアクションをスライドさせる際に摩擦を低減させるために粉を撒いたそう[6]だが、ここでは指とキーの摩擦を低減させるために指先にベビーパウダーを塗りたくる。
 黒鍵がちょっと白っぽくなったり暫くキーが滑りやすくなるけど、だいぶ弾きやすくなる。もちろんピアノの先生の前でやったらクソ怒られるし、発表会でも多分許してもらえないから、使える機会は自宅のみとなる。

手元を見ずに弾く
 全体的に長い距離の跳躍が少なく、大体手探りで次に押すキーの位置が分かる作りになっているので、殆ど手元を見る必要がない。手元を見ずに弾くためには、指番号をちゃんと書いておくことと、跳躍で間違えそうなところはその距離を書いておくとよい。
 手元を見ずに済めば譜読みは早く進むのでとても良い。1-4、1-5指で正確にオクターブを掴めるようになっていないと難しいが、多分チェルニー30番を練習するくらいの人ならみんな出来てることだと思う。
 テンポを上げていくと、打鍵が不正確になるので手元を見たほうがミスタッチは減る。指定のテンポで弾こうとするなら殆ど手元を見て弾くことになると思う。僕の場合は、919小節だけ楽譜を見て、そこ以外は手元を見て弾いた。

コンパス弾き
 919小節と、2932小節の右手はオクターブでトレモロのような動きをする。
 ここは1指と5指の上下だけで弾いてはいけない。下の図のように、手首を回転させて手の両端である1指と5指がシーソーのようにキーを押さえるように弾く。この動きの際は、尺骨と橈骨がどの様に動いているかを意識しておくと良い[7]

 この動きをシュッテルング(Schüttelung)という[8]が、根津栄子に倣ってコンパス弾き[9]と呼ぶことにしている。なお、コンパスはこのような動きで使う道具ではない。何故「シーソー弾き」と呼ばなかったのか問わねばならない。

34小節

 ◎4小節右手最初のところ。3指でBを押したらすぐにDを押せるように直前のCを押して3指をBの上に移動させるのと同時に5指をDの上に持っていきスタンバイしておく。

914小節

 ✡左手。中声部を1指で取るのだが、ずっとスラーが付いている。1指が離鍵してから打鍵するまでの間に音が出ていないことになるが、ベースの音を完全にレガートにすることで無音部分を誤魔化すことができる。

916小節

 展開部に入ると中声部に主旋律が移る。
 主旋律とはいっても、スケールを上下するだけなので、あんまり面白みはない。どうせなら対旋律とか書いてくれたらいいのにとか思うけど、そうすると曲自体が重くなりすぎるから敢えてやらないのかな。

920小節
 ●右手。オクターブを横着してポジション移動せずに弾こうとすると指が届かずに外す。ちゃんとポジション移動した上でコンパス弾きすること。オクターブが届かないのは手のポジションが左によっているため、そこから指を伸ばしても8度の広がりには至らない。コンパス弾きはちゃんと1指を離鍵するため。

2022小節

 *21小節最初の音は左右ともに1オクターブ以上跳躍した先の音であり、手元を見る必要がある。20小節の後半で予め左手のCisの位置を確認・記憶しておいて、そちらは見ないでも正確に打鍵できるようにしておく。左手Cisの位置を確認した後は22小節まで右手ばかりを見ることになる。
 ☆2122小節右手。G音を1指で取るとき指が寝ていると隣のキーを同時に押してしまう。指を建てるか、鍵盤の手前側の端の方を押すかして回避する。1拍目→2拍目は手の形を変えずに平行移動するのではなく、1指を3指で跨いでレガートに繋げる。
 ✡22小節右手真ん中辺、GEG。16分音符の連桁が切れており、フレーズの僅かな切れ目となっているが、コンパス弾きの動きになる。

2429小節

 ④展開部から再現部に移るところ。テンポを落とさずに繋げるのが望ましい[10]が、これみよがしにテンポを落としてもいいと思う。
 2527小節頭にかけてクレッシェンドでピアノからフォルテに強くしていく。そして、29小節コーダに入ったところでいきなりピアノになる。
 29小節前半の左手の分散和音は28小節左手の2音目を分散させた形になるので、28小節最後の休符で手を移動させないこと。

3334小節

 ◎33小節右手。5音目から最後の部分は1オクターブに収まっているが、各音を強く弾くためちゃんとポジション移動をすること。怠けてポジション移動しないでいると5指で強音を出そうとしたときに隣のCを一緒に押してしまう。
 ●3334小節右手。2指でGを押すとき、黒鍵と黒鍵の隙間の部分を押すと、指またぎのために指を上げようとしたときに隣の黒鍵に引っかかって動きが止まってしまうので、指を折り曲げてキーの手前側部分を押すようにする。
 △34小節右手。1指をまたぐ形になるが、ここでは1指をキーの上に残したままにしておくと手全体の動きが非常に制限されて邪魔で仕方ない。ここではキーの端の部分を1指で引っ掻くように指を振り抜いて、1指をキーの上に留まらないようにする。従って指をまたぐ形にはならない。

参考文献
 [1]末吉保雄 上杉春雄, チェルニー30番 New Edition 解説付音楽之友社(2007)
 [2]アップライトピアノ(archive.today), Wikipedia
 [3]岳本恭治, ピアノ・脱力奏法ガイドブックVol.2<実践編・チェルニー30版を使って>, サーベル者(2015)
 [4]上田泰史, 「チェルニー30番」の秘密――練習曲は進化する, 春秋社(2017)
 [5]ピアノのペダルの意外と使われていない役割と使い方!上手な踏み方も解説(InternetArchive, archive.today, 魚拓), ビギナーズ
 [6]荒川三喜夫, ピアノのムシ13, 芳文社(2018)
 [7]トーマス・マーク, ピアニストならだれでも知っておきたい「からだ」のこと, 春秋社(2006)
 [8]井上直幸, ピアノ奏法―音楽を表現する喜び, 春秋社(1998)
 [9]根津栄子, チェルニー30番 30の小さな物語 下巻, 東音企画(2013)
 [10]ツェルニー30番練習曲, 全音楽譜出版社

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「子ども」の表記

 先日、官報を読んでいたら、「就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律施行規則の一部を改正する命令(内閣府・文部科学・厚生労働二)(魚拓, InternetArchive, archive.today)」という項目があった。
 内容はどうでもいいんだけど、文部科学省は省内ではみっともない交ぜ書きはやめて「子供」と表記すると2013年に通達を出している(archive.today, InternetArchive, 魚拓)ので、おかしいなあと思った。
 この項目には「内閣府・文部科学・厚生労働二」と書いてあるので、内閣府厚生労働省の意向が強く反映されてこうなったということなのかな。
 ともかく、内閣とか厚労省がこういったしょうもない言葉狩りに唯々諾々と従ってしまうのがちょっと理解できない。あんまり興味なかったり深く考えていなかったりするってだけだと思うが。

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三角グラフを描いてみる

 三角グラフというのは、3成分をパーセンテージで表して、三角形の枠に嵌め込んでグラフ化したもの。
 3成分の正三角形内部の点から各辺への垂線の長さで表現する方式と、正三角形の各辺を軸としてベクトルの合計とする方式がある。
 今回は後者の方法で説明する。やっていることは、数値を三角グラフの適切な配置に入るように変形するだけなので、ここで説明している内容を理解できればどちらの方式のグラフも作れるはずである。
 3成分系の元となるデータが必要だが、以前使ったCCDの波長感度分布のグラフを利用する。

 グラフタイトルにはCMOSと書いてあるけど、カラーフィルターの波長特性を示しているのでCCDとかCMOSとかで分類すること自体が適切ではない。元データは20190621のエントリーでは必要ないかと思ってアップしてなかったけど、一応上げておく。
CMOS.xlsx

 具体的にやることは3段階ある。これらをクリアすることで晴れて三角グラフが完成する。
・グラフの枠を作る
・3成分を%に変換
・3成分の%の値から三角グラフ上の点を決定

①グラフの枠を作る
 普通、エクセルでグラフを描く場合は第一象限だけを使う。枠となる三角形はここに設置することになる。
 できるだけ単純にしたいので、原点を三角形の頂点の1つに合わせる。もちろん別の頂点の1つは底辺とx軸を共有させるので、x軸上となる。基本的に%を使うので、値は100とする。2つの頂点が決まる。残りの1つは原点から60°の角度で斜め上に100の位置となる。
 具体的な座標は(0,0) (0,100) (100sin(π/3), 100cos(π/3))となる。

 これだけだとグラフとして不親切すぎるので、補助目盛りを20%刻みでつける。補助目盛りは三角形の各辺を5等分した点を設定してテキトーに繋げるとできる。ちなみに、それぞれの値は次のようになる。

x y
10 17.32
60 69.28
80 0.00
20 34.64
70 51.96
60 0.00
30 51.96
80 34.64
40 0.00
40 69.28
90 17.32
20 0.00

 ついでに、3色の方向を表す矢印も付けておくと良い。

 実は、この三角グラフの枠と補助目盛りを作るのは結構面倒なので、一度作ったら使い回すようにすると良い。といっても、三角グラフを作る機会なんてあんまりないと思うが。

②3成分を%に変換して規格化
 これはすごく簡単。3成分の合計でそれぞれの成分を割ったら出てくる。ただし、%で表記するので100倍すること。
 3成分を%で表記しているが、2成分がわかれば100から2成分の合計を弾けば残りの成分が得られるので、実は3つとも求める必要はない。のだけど、折角なので求めておいて損はない。
 以下のグラフが得られる。このグラフ自体は使わないから、あえて作る必要はない。


③3成分の%の値から三角グラフ上の点を決定
 いわゆる座標変換というもの。当エントリーの本題はここになる。
 軸の取り方として、上の図では左上の辺を青、右上の辺を緑、下の辺を赤とした。
 試しにグラフのスタート地点となる374nmを例に座標を変換してみる。各数値は次の通り。

波長 Blue(%) Green(%) Red(%)
374 18.62 26.95 54.43

 例えば、青の18.62%は左下のBlueの起点から18.62だけ矢印に進んだ点から、まっすぐ右側に伸びる線分を示す。
 この線分の長さが残りの81.38%を示しており、緑と赤で分け合うことになる。
 同様に緑(26.95%)と赤(54.43%)も下図のように表すことが出来る。


 そして、各線の交わる点がR(54.43%), G(26.95%), B(18.62%)を示す。

 結果、374nmの色の配分は次の点を示すことになる。

 三角形の中の点を見たときにRGBがそれぞれどのような配分になっているかイメージしづらいと感じるかもしれないけど、次のような図を想像すると理解の助けになるかと思う。



 以上は、作図によって表記する方法であるが、計算機を使って多数の点をグラフとして表示する場合はどうしても代数解が欲しくなる。
 R(54.43%), G(26.95%), B(18.62%)を直交座標の上で表記しなければならない。
 座標は3色のうち2色を使って表すことが出来るので、3通りの表現がある。ここでは青(18.62%)と赤(54.43%)を使って説明することにする。
 考え方としては、赤の基準点である右下の頂点から三角形の底辺に沿って真左に54.43%移動する、そこから右上60°方向に18.62%移動する。この点が求める座標である。
 赤の基準点(100,0)から、右下の頂点から三角形の底辺に沿って真左に54.43%移動→(100-54.43, 0) = (45.57, 0)
 そこ(45.57, 0)から右上60°方向に18.62%移動(45.577 + 18.62cos(3/π), 0 + 18.62sin(3/π))する。この点(36.26, 16.13)が求める座標である。
 以上より、青をB(%)、赤をR(%)とすると求める点は、
{ \displaystyle \left( 100-R+B\cos\left( \frac{3}{\pi}\right), B\sin\left( \frac{3}{\pi}\right)\right) }
と表記できる。

 これを374nmから800nmまで全ての値で求めると、相図を描くことが出来る。なお、三角グラフでは波長を表現できないので、必要があれば明示しなければならない。ここでは始点の374nmと終点の800nm、及び400~750nmを50nm刻みに表示した。


 例によって、グラフを描くのに使ったエクセルファイルをアップしておく。ここから三角グラフの枠線だけを抜き出すのもいいんじゃないかな。
三角グラフ


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 20190621 グラフの画像から数値を読み取る

チェルニー30番28 演奏解説

 チェルニー30番28は最後の方にしては弾きやすい部類で、難易度順に並べているチェルニー30番 30の小さな物語でも前から8番目に配置されている。ゆっくり弾けばたしかに簡単な曲ではあるが、指定のテンポで弾くのは簡単ではない。疲労を抑えながら最後までテンポを保つというアスリートみたいなことをしなければならない。
 いつも通り、楽譜は全音版を使う。借用和音の話とか、半音階下降が隠れてる[2]とか難しいことは抜きにして、瑣末なメカニカルな部分を始め低レベルな解説をする。まともな解説はピティナが行っているのでそちらを参照されたし。

テンポについて
 付点4分音符で72bpmということで、同音連打が練習課題となっている12番26番よりはゆっくりであるが、これらは単音の同音連打であり、重音の連打である28番とはまた異なる。シューベルトの魔王が12番と同じ速度の重音の連打なので、比べるのならこちらだけど、魔王の方はテンポが少し早いとはいえオクターブのが多いのと休憩できるポイントがところどころ挟まるので、速度的な部分での難易度としてはどっちもどっちな感じとなる。

手元を見ずに弾く
 同音連打ということでポジション移動が少なく、また左右ともに音域が狭く跳躍距離も1オクターブを越えることがないので、ほとんど手元を見る必要がない。
 ただ、7小節24小節右手のように難しくてミスタッチしやすい部分や、23小節左手みたいに掴みにくい和音の部分は目視したほうが良い。
 手元を見ずに弾くためには、現在の手と次に押すべきキーの位置関係を把握していなければならない。僕の場合は打鍵した瞬間に、現在度の音を押しているのか忘れてしまう癖があるので、楽譜に次の音との位置関係を書き込むことで、現在の位置を見失っても次に押すべきキーの位置を推測できるようにしている。


同音連打について
 12番26番は単音の同音連打なので、キーを手前に引っ掻くようにして打鍵後指をキーからどけることによりキーが最大速度で元の位置に戻るのだが、和音の同音連打の場合は手前に引っ掻くということができなず、指を上に上げるという離鍵動作でキーが上がるようにしなければならない。岳本恭治がいうようにアップリフトを感じながら離鍵するような悠長なことをしていては到底指定の速度では弾けない[1]
 考えなければならないのは、打鍵と離鍵に要するエネルギーをどこまで小さくすることが出来るかということ。考えなしに腕を上下してガンガン連打していたらすぐにへたばってしまう。根性で最後まで弾ききってやるという脳筋の方がそういう演奏法でクリアするというのなら止はしないが、あいにくと僕みたいな軟弱者にはそういう演奏に絶えられるだけの体力がない。
 結局、考えついたのは次の3点である。
・腕はできるだけ動かさず、手首から先を上下させる。
・離鍵の際は、キーが元の位置に戻るほど指を上げない。
・打鍵時に手指の形が変形しないように手を固くする。
 以上の3点である。以下にそれぞれ説明していく。
腕はできるだけ動かさず、手首から先を上下させる。
 これはもちろん肘を動かすことで余計なエネルギーを使わないためである。同じことをショパンエチュードOp25-9を解説したときに書いているので転載する。

 オクターブを軽やかに弾く練習なので、手首を柔らかくして手首の上下で鍵盤を押さえる。腕を上下させると動きが大きいために余計な疲労を呼ぶことになるし、動きが大味のなるので音に繊細さが欠けることとなる。この動きが身についていないうちは、ぎこちない動きになるかもい知れないけど、練習していればやがて脱力して弾けるようになるので、練習初期から手首の動きを意識するようにすると良い。

離鍵の際は、キーが元の位置に戻るほど指を上げない。
 ダブルエスケープメント機構は1822年にエラールによって特許取得されており、チェルニーがこの曲集を書いた1856年にはこのシステムを備えたピアノはすでに広まっていたため、チェルニーはダブルエスケープメントを前提としてこの曲を書いていると見て間違いない[3]
 ダブルエスケープメント機構とは、大雑把に言うと、打鍵後キーが一番上まで戻らなくても同じ音を打鍵することができる構造である。これによって、キーを半分くらいまで戻したところで再度打鍵することができる。打鍵の際の手が上下する距離が断然短くなるのである。それだけ、速く小さいエネルギーで打鍵が可能であるのでこういった曲ではまさにうってつけである。
 ちなみにアップライトには基本的にこの機構はついていないのでこういう弾き方はできない。ただ、アップライトの左側のペダルを踏むことでハンマーと弦を近づけることができるので、幾分早い動きができる。ただし、音は弱くなる。
打鍵時に手指の形が変形しないように手を固くする。
 打鍵時に指が変形するということはそこで余計なエネルギーを消費し、それだけ音が弱くなってしまう。弾性変形によるエネルギーのロスで、ゴムより木、木より鉄の方が衝撃を強く伝えられ、打撃力が高いのと同じことである。本来であればもっと弱い力で出せる音量しか出てこなくなる。ピアノのキーは意外と重いので指がキーに押し負けたりすると、指の変形となりエネルギーロスにつながる。
 もちろん、音の強さは弦を叩くハンマーの速さ、つまりキーからハンマーが投げ出されたとき(レット・オフ)のキーを押し下げている速度で決まってくるので、その後に力を入れようが抜こうが株雑音の量が変わるだけでハンマーが弦を叩く音に変化はない。
 そういうわけで、キーを押し下げ始めてからレット・オフまでの間に手の形を変えないようにすることである。手に力を入れることになるが、脱力の妨げではないことは理解しておかなければならない。脱力とは余計な力を抜くことで、必要な力入れなければならないからである。

1小節


 ①装飾音を弾くタイミングは作曲者ごとに色々あるけど、チェルニーは前打音として正規の拍より前に弾く。

7小節

 この曲で一番難しいのがこの右手24-35-24という3度の重音進行の部分。
 4指は隣の指と腱を共有しており、動かそうとすると隣の指も同じように動こうとする。この部分はそういった人間の体の作りを無視しており、なかなか弾けない。スタッカートなので、1音目を離鍵してから2音目を打鍵し始めるのだが、2音目の打鍵と一緒に1音目を押したはずの3指が一緒に降りてこようとする。2音目にFが一緒に鳴ってしまうことになる。これがスタッカートではなくレガートであれば、2音目を押してから1音目の指を離鍵するので、問題にならないのである。
 ここはチェルニーの指使いの指定が悪い。もしかしたら動かない指を動かせという課題なのかもしれないし、この部分だけ取り出して弾いてみると弾けないわけではないことは分かる。でも、指が動かないんだから仕方ないだろ。そんなわけで、4-5-4という指使いが不合理であるのは明らかなので、譜例にあるように13-24-13-13と指使いを変更した。
 多少の困難はあっても、指使いは指定されているとおりに弾くこと。[4]とか楽譜の解説文には書いてあるけど、一方音友版には正しい指使いを最初から決める[2]と、指使いの自由度を演奏者に与えないでもない記述をしている。
 *その後、13指による3度の下降スケールは、全て白鍵であり、黒鍵を触ることによる位置の確認ができないので手元を見ないと弾けない。

8小節

 右手。最初の3音にスラーが付いていて、残りがスタッカートとなっていることに注意する。

1011小節

 11小節。右手最初のCGB。この黒鍵を5指で弾くというはどうも納得いかない。どう考えても、こちらの方が弾きやすい。

16小節

 ☆右手。暫く休符が続くが、次の音はすぐ近くなので、離鍵後ポジションを変えないこと。また、その際、指が降りてきて気づかないうちに打鍵していたとかいうことがあるので注意。

2124小節

 フォルテシモで更にアクセントまで付いているので、最後に余力が残っているのなら肘も使って全力で和音を打ち鳴らしても良いかもしれない。ただ、動きが大きくなるので音を外しやすくなる。
 ✡23小節右手。スタッカートは離鍵時に大きく手を動かしてしまうことでポジションがブレやすい。ポジションがブレると手がどこにあるのかわからなくなるので、手元を見なければならなくなる。ここは同じ指を使った和音の連打ではないので手首の動きは必要ない。指の動きだけでスタッカートにできる。1指だけはキーを手前に引っ掻く動きでスタッカートにすると次の指くぐりをしやすくなる。指くぐりの部分は外しやすいので上手くできないようなら手元を見たら良い。
 ※23小節左手後半。黒鍵の隙間を押さえなければならず、ミスタッチしやすい。せめて5指のCだけでも手前の白鍵の広い部分を押さえてミスタッチしづらくする。
 ◎24小節右手。最後のFを結構外しやすい。最後の1オクターブだけコーダに託つけて僅かに遅らせても良い。

参考文献
 [1]岳本恭治, ピアノ・脱力奏法ガイドブックVol.2<実践編・チェルニー30版を使って>, サーベル者(2015)
 [2]末吉保雄 上杉春雄, チェルニー30番 New Edition 解説付音楽之友社(2007)
 [3]上田泰史, 「チェルニー30番」の秘密――練習曲は進化する, 春秋社(2017)
 [4]ツェルニー 30番練習曲, 全音楽譜出版社

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 20190420 エチュード Op25-9 演奏解説

モーツァルト ピアノソナタK.545第1楽章 演奏解説

 モザートのピアノソナタは全部で18曲だったと思う。これくらいの数だと作品番号よりも、通し番号で15番とか呼ぶのが普通なのだけど、この曲は15番だったり16番だったりと安定しないので作品番号で呼ぶことにする。同様のことはショパンのワルツで、Opで作品番号が付けられていないものの並び順が曖昧なので、BIナンバーで呼んだりするのだけど、以前弾いたワルツ20番は(作者がショパンであるか疑わしい部分を除いて)議論の余地がないので20番とした。
 モザートは割と音が少ないためとっつきやすい反面、あまりペダルを踏まないし粒が揃っていないと汚く聞こえてしまうので、結構避けてる。それでも、弾いてみたいという曲もあるのだが、今回はそうじゃなくって、簡単そうだから弾けるんじゃないかなと思って手を付けた。音域は狭く譜読みがしやすい。多分、モザートのピアノソナタではエントリーモデルみたいな感じだと思う。
 楽譜は全音ソナタアルバム1を使った。モザートはあんまり弾くつもりはないので、全集とか入手する気にならない。モザートに関する資料はあまり持っていないので、今回は説明がちょっと迂遠になることがあると思う。
 ちなみに、ピリスツァハリスの録音がオススメである。

ソナタ形式
 ソナタ形式がどんなもんかってのはWikipediaの説明がわかりやすい。大雑把に言うと[提示部(繰り返しあり)-展開部-再現部]という構造で、序奏とかコーダがあったりするものである。細かいことを言い出すと、第1主題、第2主題とか調性関係とかが決まってたりとかする。
 それで、この曲のどこがソナタ形式なのかというと、次のような感じになっている。

序奏 なし
提示部第1主題 1-12
提示部第2主題 13-27
提示部コーダ 28
展開部 29-40
再現部第1主題 41-56
再現部第2主題 57-71
コーダ 72

 それで疑問に思うのが、何で提示部、再現部、コーダに繰り返しが付いてるんだってこと。ソナタ形式をベートーベンが完成させたという歴史を考えると、モザートの時代はまだその辺りの規律が曖昧だったのではないかなと思うわけである。
 プロのピアニストでもソナタは繰り返しを省略することが結構あるので、楽譜の記述をそんなに絶対視する必要はないんじゃないかな。グールドに至ってはヤケクソみたいな速度で演奏し、繰り返しを両方共省略して1分50秒で弾ききっている。
 僕の場合は、ソナタらしくないという理由で後半の繰り返しを省略した。

テンポについて
 真面目に弾くなら第2楽章、第3楽章と合わせてテンポを設定しなければならないのだけど、そんな積りはサラサラないので、テキトーにいいと思った速度で弾く。

ペダルについて
 モザートの曲はあんまりペダルを踏まないようにしてる。別にペダルを踏んではいけない、なんてことはないので、必要と思ったら躊躇うべきではない。
 この曲は全くペダルを踏まずに弾いた。楽譜にはペダルの指示もあるが、どうしてもペダルがなくちゃいけないとは感じなかったので。音を保持するためのペダルは指で押さえていれば間に合ったし。

最初のところ

 左手のこの部分をノンレガートで弾くのがモザートっぽいかなと思うけど、もしかしたらグールドに毒されてるだけなのかもしれない。
 こういう形の分散和音をアルベルティ・バス(Alberti-bass[英])と呼ぶのだけど、"bass"を「バス[1]」と読んだり「ベース[2]」と読んだり書籍によって一定しない。ちなみに「アルベルティ」はイタリア人の名前なのでこれで良い。しかし、ベースって英語だと"base"と同じだと思ってたんだけど、"bass"なんだなあ。根元、土台とかいう意味の"base"と同じだと思ってたよ。

59小節

 苦手なスケール。
 スケールの上下で1小節に1音ずつ下がっていく。
 以前、僕のピアノの先生が「モーツァルトはスケールで、ベートーベンはアルペジオ」というようなことを言っていた。よく使うんだろうなっていう程度に認識してるだけだが、そのモザートのスケールが早速登場。
 チェルニー30番を始めて漸くスケールが苦手だということに気付いたのだけど、苦手なのは右手だけで左手はちゃんと動く。これまでやってきた練習に於いて右手と左手で偏りがあるというだけなんだと思う。それにしても、この右手の動かなさは何か悪い病気にでも罹ってるんじゃないかと思えてくるほどである。
 最近になって理解してきたのは右手2指を上げる動きが極めて鈍いのである。だから指くぐりのときにいちいち引っかかる。それで、どうにかならないかなと悩んで試行錯誤した結果、1指を打鍵後手前に引っ掻くようにして離鍵すると指くぐり、指またぎをしやすくなるということに気付いた。チェルニー30番では手を右に向けたり左に向けたりとこねくり回していたけど、今回はこの手前に引っ掻く離鍵でクリアした。

13小節

 第二主題に入ったところ。
 ☆トレモロなんだけど、3121という指使いで同じ音を3指と2指で交互に弾く。3指で弾いたときと2指で弾いたときで音色が変わる。ので独特な感じになる。
 「音色」と表現したけど、物理用語としては正しくない。物理では波長、振幅、波形という三要素があり、波の三要素と呼ばれている。音は波なので、音の三要素といっても通じる。この内、波形のことを音では音色という。しかし、この部分を弾くときに3指で弾くか2指で弾くかといったときに波形の変化は期待されない。指を変えるというのは打鍵のタイミング、強さがわずかに異なることを意味する。この違いを指して「音色」と表現した。
 だから、ここは指ごとの特徴が交互に現れるということを意味している。
 57小節も同様だし、指を交互に変えるという意味では2223小節や、66小節も同様である。

1821小節

 「エリーゼのために」とか「テンペスト第3楽章」みたいなベートーベンが好んで使いそうな流れ。
 カッコつきでペダルが指示されてるけど、上に書いた通り、左手の16分音符を保持することでペダルの代わりとしている。フィンガーペダルとか指ペダルとか呼ぶ[3]。別にペダルを踏むわけではないけど、それっぽい効果を及ぼすので指ペダルと呼ぶ。
手元を見ずに弾くために:この部分に限ったことじゃないけど、跳躍のある部分は楽譜に次の音との距離を書いておくと、わざわざ手元を見なくても現在のキーからどれくらいの位置のキーを押したらよいかを判断できるのでオススメである。

2223小節

 右手、装飾音を前打音とするか拍に合わせて入れるか。ショパンとかチェルニーとかバッハとかは結構細かく決まってるけど、モザートならテキトーでいいなあという気がする。敢えて言うなら、古典派繋がりでチェルニーと同じように前打音にしておけば無難じゃないかな。
 どちらにせよ、全ての装飾音で統一しておかなければならない。

2940小節
 展開部。
 ちょっと勢いの良い感じの短調になる。提示部よりも僅かにテンポを上げても良いけど、その場合は40小節後半で元のテンポに戻すこと。

41小節~
 再現部。
 主調のハ長調ではなく、下属調ヘ長調でありソナタ形式にしては変な感じである。

7071小節

 ☆右手。ちゃんと手を左右に振って弾きやすいポジションを取ること。横着してポジション移動をしないでいると、弾きにくい指で打鍵が弱かったりタイミングが遅れたりする。

参考文献
 [1]音楽中辞典, 音楽之友社(1979)
 [2]菊池有恒, 楽典 音楽家を志す人のための, 音楽之友社(1979)
 [3]不破友芝, ピアノ・ペダルのテクニック, 楽譜の風景