チェルニー30番26 演奏解説

 26番はチェルニー30番の中で唯一短調であり、随一の旋律の美しさを持っており、多分チェルニー30番では一番人気ではないかと思う。ゆっくり演奏するなら「きれいな曲だなー」とか言いながら演奏していられるのだけど、例によって指定のテンポは無茶苦茶速いので、そんなこと言ってられない。
 いつも通り、楽譜は全音版を使う。

曲の構成

提示部 18
展開部 924
再現部 2528
コーダ 2936

 この様になっており、また、適宜転調があることからソナタ形式を見立てた構造であり、プロトソナタ(原ソナタ)形式と呼ぶ場合もある[1]が、普段どおり難しいことは抜きにして些末なメカニカルな部分を始め低レベルな解説をするので、曲の構造についてはこれだけで済ませておく。

テンポと同音連打について
 4分音符=92
 基本的に16分音符の3連符となっているので、4分音符に6音入っている。ということは1分に6×92=552回、1秒間に552÷60=9.2回の打鍵を行う速度である。
 同音連打の練習は12番もあるが、こちらは1分間に456回と少しゆっくりである。シューベルトの魔王が12番と同じ連打速度なので、26番は魔王よりも速いということになる。
 ピアノの機能として同音連打の回数はグランドピアノは1秒間に13-14回の連打が可能であるが、アップライトピアノは通常その半分程度である[2]。すると、12番はギリギリ不可能ではない数字だが、26番は不可能である。12番も不可能ではないとはいえ、理論上の話であって、現実的には不可能である。
 グランドピアノで同音連打を速く行えるのはダブルエスケープメント機構のためである。アップライトでは鍵盤を押すとハンマーが上がって原を打ち、完全に元の位置に戻ってから次の打鍵に備えるのが普通でるが、グランドピアノはダブルエスケープメント機構を備えておりハンマーが完全に元の位置に降りなくても次の打鍵ができるのである。
 ダブルエスケープメント機構は1821年にエラールによって特許が取られており[3]チェルニーがこの曲集を作った1856年[4]にはとっくに普及していた。チェルニーはダブルエスケープメント前提でこの曲集を書いており、アップライトのことは考えていない。
 アップライトには左のペダルがある。これはペダルを踏むとハンマー全体が弦に近づき、音がソフトになり、また鍵盤が浅くなる[5]。その結果、ハンマーが弦を叩いて戻ってくるまでの時間が短くなるのである。加えて、キーが軽くなるので同音連打には向いている。また、アップライトだけでなく、ファツィオリのグランドピアノにもこのペダルが採用されているモデルがある。このペダルを踏むことによりどれくらいの速度で同音連打が可能になるのか分からないが、もしかしたらこの曲も演奏できる用になるかもしれない。ただし、ピアノのレッスンは大抵グランドピアノので行われるので、この奏法が評価される機会はないんじゃないかな。

同音連打の演奏法
 同音連打の演奏法はピアノ演奏の脱力についてというエントリーで説明したのだけど、キーを手前側に引っ掻くようにして打鍵する演奏方を勧める。離鍵した時にキーの戻る速度が速いほど次にキーを押す準備が速くできるので同音連打も速くなる。従って、打鍵後速やかにキーの上から指をどける、手前に引っ掻く奏法が有効である。できるだけ早く離鍵するために、可能な限りキーの手前の方で打鍵する。キーの端、ヘリのギリギリのところに指先がかすめるように指を振り抜くのが良い。キーのアップリフトとかを感じている余裕はない。
 また、指先側にあるDIP関節、PIP関節の2つの関節を真っすぐ伸ばして固定し、指の付け根であるMP関節だけを曲げて弾くと安定する。
 指がキーに対して平行になっていないと引っ掻いて指を曲げたときに隣のキーに引っ掛けてしまう。

禁じ手
 上記のようにキーを手前に引っ掻くようにして弾くわけだけど、キーと指の間に摩擦抵抗が発生する。長く練習していると指先が減っていたりすることもある。そうなると結構痛みを伴うので練習するのが嫌になる。
 怪我するのはどうでも良いのだけど、指とキーの摩擦抵抗があるということは、それだけで打鍵速度を鈍らせることになる。そこで、指とキーとの摩擦を減らす事を考える。
 とは言っても、できることといったら指先に潤滑剤をつけるという程度しかない。エアホッケーみたいにキーに小さな穴を開けて空気を送り出して指とキーを直接接触しにくくするとかもありかもしれないけど、そういうのは普通に駄目だと思う。
 何を潤滑剤にするかということだけど、水とか油がぱっと思いつく。しかし、油がピアノにつくとキー側面の無垢の部分に染み込んですっごく汚らしくなりそう。だからといって水は畢竟楽器からできるだけ遠ざけるべきものであり論外。そんなときにベビーパウダーである。昔はソフトペダルでアクションをスライドさせる際に摩擦を低減させるために粉を撒いたそう[6]だが、ここでは指とキーの摩擦を低減させるために指先にベビーパウダーを塗りたくる。
 黒鍵がちょっと白っぽくなったり暫くキーが滑りやすくなるけど、だいぶ弾きやすくなる。もちろんピアノの先生の前でやったらクソ怒られるし、発表会でも多分許してもらえないから、使える機会は自宅のみとなる。

手元を見ずに弾く
 全体的に長い距離の跳躍が少なく、大体手探りで次に押すキーの位置が分かる作りになっているので、殆ど手元を見る必要がない。手元を見ずに弾くためには、指番号をちゃんと書いておくことと、跳躍で間違えそうなところはその距離を書いておくとよい。
 手元を見ずに済めば譜読みは早く進むのでとても良い。1-4、1-5指で正確にオクターブを掴めるようになっていないと難しいが、多分チェルニー30番を練習するくらいの人ならみんな出来てることだと思う。
 テンポを上げていくと、打鍵が不正確になるので手元を見たほうがミスタッチは減る。指定のテンポで弾こうとするなら殆ど手元を見て弾くことになると思う。僕の場合は、919小節だけ楽譜を見て、そこ以外は手元を見て弾いた。

コンパス弾き
 919小節と、2932小節の右手はオクターブでトレモロのような動きをする。
 ここは1指と5指の上下だけで弾いてはいけない。下の図のように、手首を回転させて手の両端である1指と5指がシーソーのようにキーを押さえるように弾く。この動きの際は、尺骨と橈骨がどの様に動いているかを意識しておくと良い[7]

 この動きをシュッテルング(Schüttelung)という[8]が、根津栄子に倣ってコンパス弾き[9]と呼ぶことにしている。なお、コンパスはこのような動きで使う道具ではない。何故「シーソー弾き」と呼ばなかったのか問わねばならない。

34小節

 ◎4小節右手最初のところ。3指でBを押したらすぐにDを押せるように直前のCを押して3指をBの上に移動させるのと同時に5指をDの上に持っていきスタンバイしておく。

914小節

 ✡左手。中声部を1指で取るのだが、ずっとスラーが付いている。1指が離鍵してから打鍵するまでの間に音が出ていないことになるが、ベースの音を完全にレガートにすることで無音部分を誤魔化すことができる。

916小節

 展開部に入ると中声部に主旋律が移る。
 主旋律とはいっても、スケールを上下するだけなので、あんまり面白みはない。どうせなら対旋律とか書いてくれたらいいのにとか思うけど、そうすると曲自体が重くなりすぎるから敢えてやらないのかな。

920小節
 ●右手。オクターブを横着してポジション移動せずに弾こうとすると指が届かずに外す。ちゃんとポジション移動した上でコンパス弾きすること。オクターブが届かないのは手のポジションが左によっているため、そこから指を伸ばしても8度の広がりには至らない。コンパス弾きはちゃんと1指を離鍵するため。

2022小節

 *21小節最初の音は左右ともに1オクターブ以上跳躍した先の音であり、手元を見る必要がある。20小節の後半で予め左手のCisの位置を確認・記憶しておいて、そちらは見ないでも正確に打鍵できるようにしておく。左手Cisの位置を確認した後は22小節まで右手ばかりを見ることになる。
 ☆2122小節右手。G音を1指で取るとき指が寝ていると隣のキーを同時に押してしまう。指を建てるか、鍵盤の手前側の端の方を押すかして回避する。1拍目→2拍目は手の形を変えずに平行移動するのではなく、1指を3指で跨いでレガートに繋げる。
 ✡22小節右手真ん中辺、GEG。16分音符の連桁が切れており、フレーズの僅かな切れ目となっているが、コンパス弾きの動きになる。

2429小節

 ④展開部から再現部に移るところ。テンポを落とさずに繋げるのが望ましい[10]が、これみよがしにテンポを落としてもいいと思う。
 2527小節頭にかけてクレッシェンドでピアノからフォルテに強くしていく。そして、29小節コーダに入ったところでいきなりピアノになる。
 29小節前半の左手の分散和音は28小節左手の2音目を分散させた形になるので、28小節最後の休符で手を移動させないこと。

3334小節

 ◎33小節右手。5音目から最後の部分は1オクターブに収まっているが、各音を強く弾くためちゃんとポジション移動をすること。怠けてポジション移動しないでいると5指で強音を出そうとしたときに隣のCを一緒に押してしまう。
 ●3334小節右手。2指でGを押すとき、黒鍵と黒鍵の隙間の部分を押すと、指またぎのために指を上げようとしたときに隣の黒鍵に引っかかって動きが止まってしまうので、指を折り曲げてキーの手前側部分を押すようにする。
 △34小節右手。1指をまたぐ形になるが、ここでは1指をキーの上に残したままにしておくと手全体の動きが非常に制限されて邪魔で仕方ない。ここではキーの端の部分を1指で引っ掻くように指を振り抜いて、1指をキーの上に留まらないようにする。従って指をまたぐ形にはならない。

参考文献
 [1]末吉保雄 上杉春雄, チェルニー30番 New Edition 解説付音楽之友社(2007)
 [2]アップライトピアノ(archive.today), Wikipedia
 [3]岳本恭治, ピアノ・脱力奏法ガイドブックVol.2<実践編・チェルニー30版を使って>, サーベル者(2015)
 [4]上田泰史, 「チェルニー30番」の秘密――練習曲は進化する, 春秋社(2017)
 [5]ピアノのペダルの意外と使われていない役割と使い方!上手な踏み方も解説(InternetArchive, archive.today, 魚拓), ビギナーズ
 [6]荒川三喜夫, ピアノのムシ13, 芳文社(2018)
 [7]トーマス・マーク, ピアニストならだれでも知っておきたい「からだ」のこと, 春秋社(2006)
 [8]井上直幸, ピアノ奏法―音楽を表現する喜び, 春秋社(1998)
 [9]根津栄子, チェルニー30番 30の小さな物語 下巻, 東音企画(2013)
 [10]ツェルニー30番練習曲, 全音楽譜出版社

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