ショパン ワルツ19番 演奏解説

 ショパンのワルツ19番イ短調を録音したのでいつものように解説をする。遺作なので作品番号はなく、KK IV b-11/BI.150/WN63などと整理番号が付けられている。
 ワルツ19番はショパンにしてはごく単純でプリミティヴな構造をしており、習作のような位置づけなのかと思えたりもするのだが、30代に作曲したというのが定説である。関孝弘と小坂裕子が1843年[1][2]、下田幸二が1847-1848年[3]、ヤン・エキエルが1847-1849年[4]としている。また、ジム・サムスンポーランド時代だったりウィーン時代だったりとフワフワしたことを書いているが、注釈でこれよりもずっと後のことだとしている[5]
 後期の作品であるにも関わらずこの単純さはどういう事だろうと訝しむわけである。この楽譜を叩き台にしてちゃんとした曲に仕上げるつもりだったけど、興がそれてやる気を失ったとか、最初から思いつきのメモ程度のものなのかと予想される。僕自身も、数学上の思索に関してメモを取ったりしてもブログに上げるほどのものではないと言って破棄することがよくあるから、それと似た類かなと思うと納得できる。
 遺作の曲なので、曲の解釈についてショパンを演奏する上での作法とか常識とかいったものが通じない部分があることを念頭に置いておかなければならない。何しろ出版に際してもショパン校閲が入っていないので多くの不備があって当然なのである。
 楽譜は全音ピアノ遺作集を使った。いろんな方面で低評価されがちの全音だが、この楽譜は注釈が充実しておりかなりオススメできる部類である。ただし、今回は疑問に思える部分があったためナショナルエディションを購入して色々と納得するに至った。

曲名について
 ワルツ19番なんだからワルツなんだけど、ショパンはこの曲を書いているときの作業用の五線譜にはタイトルは付けておらず、清書のときに"Walec"としたため[4]、この曲はワルツということになっている。
 ショパンのワルツはマズルカっぽい曲が少なからずあり、この曲もそのうちの一つである。清書のときにワルツにしようと決めたのだろうけど、マズルカ的な雰囲気を出すのも悪くないと思う。とはいえ、マズルカのリズムというのはネイティブのポーランド人でもなければ何となくよくわからないもので、例えばチャイコフスキーくるみ割り人形にあるアラビアの踊りとか中国の踊りとかいった似非な感じになるのは仕方ないかなと思う。それでも、マズルカを意識するべきだと思う。

テンポについて
 Allegrettoとなっているが、ピアニスト各氏の録音を聞くとかなりテンポにばらつきがある。遅いテンポだとそれはそれで味があるが、個人的にはペダルを少なめにしたはっきりした音が好きなのでそれなりの速度で弾きたい。

曲の構造について
基本はイ短調で、3140小節がホ長調となっている。
 A(116小節)
 B(1724小節)
 A'(2540小節)
 A''(4156小節)
という構成[1]
 更に細かく見ると、
A:I→IV→VII7→IIIの繰り返し
B:V→Iの繰り返し
3132:V7→I7
3340:I7→IV7の繰り返し。
4150:A(18)I→IV→VII7→IIIの繰り返し
5152:V7→I
5356:コーダI6 \mathrm{ II ^6 _5 }→III6→III7→I
 こんな風に纏められるほどに単純である。

繰り返しの弾き方
 繰り返しが2箇所あるが、同じ弾き方をしてもつまらないので弾き方を変えたほうが良い。
 1回目はペダル少なめで、2回目はペダルを増やして弾いた。具体的には、1回目は1拍目だけペダルを使い、2回目は1拍目と3拍目にペダルを使うのを基本として考えた。

装飾音について


 前打音で2音の装飾音を置いてモルデントのように表現する箇所がいくつかある。また、そのものモルデントもある。通常であれば、この2つの表記の違いに何かしらの意味があると分析しなければならないところである。しかし、遺作においては、ショパンの単なる認識ミスという可能性が入ってくるので通常の作品番号の付いているピースよりも更に難しくなる。
 ショパンは前打音のように表記しても、上の譜例のように左手のベース音と同じタイミングに合わせて打鍵するのが作法となっている[6]。すると、モルデントのときとの違いがまるでなくなってしまい、何故ショパンはこの違いを設けたのかという疑問に行き当たる。
 上記のようにショパンの認識が浅かっただけで済ませても全然問題のない細かいことであるが、ナショナルエディションには前打音で表記されている2音の装飾音は、最初の音を左手の拍頭とタイミングを合わせるほうが良い。しかし、打鍵のタイミングよりも重要なことがある。素早く軽快な高品質の音で演奏することである。そのような演奏であれば、前打音とする通常の弾き方でも許される。との解説がなされている[4]。ということは、前打音で描かれた装飾は左手に合わせずに先に弾き始めることは許されるが、モルデントでは左手のタイミングにピッタリ合わせて弾き始めるという違いが見えてくる。
 ちなみに、手元にある録音でその点を認識していそうなものはなかった。

15小節

 ナショナルエディションではここにトリルが加えられている。これはショパンの清書で除かれたトリルであるが、この15小節周辺はスラーがすっかり抜け落ちておりトリルと一緒に書き忘れたものと考えられ、また51小節との対応からここにトリルがあるべきである[4]
 なお、Jean-Yves Thibaudetがこの部分にトリルを入れて演奏している[7]
 ショパンのトリルは基本的に上の補助音から始めることになっているのだけど[8][9]、それが決定的なルールというわけではなく[10]、いくらでもそうしない事例はある。この小節の対となる51小節がモルデントになっていることから、主音から始めるべきと考えた。
 また、楽譜の指示はトリルなので、モルデントみたいに1回の上下だけでなく、繰り返し上下しても良い。ただ、ここを34343と弾こうとすると、どうしても4指の動きが辛くなる。ダブルエスケープメントを利用してあまり指を上げないトリルにするか、あるいは4指を使わない運指とするべきである。
 装飾を含めた3音をちゃんと8分音符の中に収めて続く8分音符は正しいタイミングで弾けるようにするべきである。これができるだけの素早い打鍵ができないのなら、左手のベースに合わせる正しいタイミングよりも早くフライングして弾き始めたほうがマシである。

18小節他

 ☆上で書いた通り、装飾音は前打音ではなく、トリルのタイミングで弾く。8分音符の中に3音収めなければならないのでかなり忙しい。3指はダブルエスケープメントに頼って僅かに指を上げるだけにする。アップライトの場合は運指を変えたようが良い。

29小節

 ※右手3拍目。13小節と指使いを合わせたほうが混乱が少なくなる。

3637小節

 ☆36小節から37小節に移るところ。両手ともに跳躍だが、どちらかの手しか見ることはできない。2拍目の左手をキーの上に準備した時点で一瞬だけ右の方を見て37小節最初のHの位置を確認して記憶しておく。すぐに視線は左手に戻して、続く右手の跳躍は記憶を頼りに行う。

40小節

 右手2拍目は休符なので離鍵すること。左手のベースの音を2拍目まで引っ張りたいので、どうにか頑張ってAを保持したまま2拍目のECisを打鍵するのだけど、無理やりAに5指を引っ掛けながら押すので、隣のHを半ば押している状態になる。でも、打鍵するだけの勢いでHのキーを押さなければ良いので横から10度の距離をつかめるだけの手の大きさがあればできる。Hのダンパーは上がるが、共鳴するような音は鳴っていないので問題はない。

5254小節

 ペダルを踏まずに53, 54小節左手の1拍目の音を2拍目まで保持したい。譜例のように運指を準備して、52小節後半からレガートに繋げられるようにする。なお、休符でちゃんと離鍵すること。

55小節

 1拍目を通常のリズム通りにあっさり通過してしまうと殆どトリルできないので、鬱陶しくならない程度にテンポを遅らせると良い。

参考文献
 [1]関孝弘, ショパン ピアノ遺作集p15, 全音楽譜出版社(1998)
 [2]小坂裕子, フレデリック・ショパン全仕事p283, ARTES(2010)
 [3]下田幸二, ショパン全曲解説p182, ショパン(1997)
 [4]Jan Ekier, Waltzes. Series B: Published Posthumously, Polskie Wydawnictwo Muzyczne(2019)
 [5]ジム・サムスン, ショパン 孤高の創造者 人・作品・イメージ, 春秋社(2012)
 [6]菊池有恒, 楽典 音楽家を志す人のためのp123, 音楽之友社(1979)
 [7]Jean-Yves Thibaudet, ショパン:華麗なワルツ 変イ長, 日本コロムビア(1997)
 [8]ジャン=ジャック・エーゲルディンゲル, 弟子から見たショパン―そのピアノ教育法と演奏美学p83, 音楽之友社(2005)
 [9]パデレフスキ編 ショパン全集 X マズルカ, ヤマハミュージックメディア
 [10]ヨセフ・ブロッホ他, ショパン・ノクターン演奏の手引き, 全音楽譜出版社(1998)

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ショパン ワルツ19番 ナショナルエディション

 ショパンのワルツ19番を録音したので、いつものように演奏解説を書こうかと思ったのだけど、 ナショナルエディションの解説文を和訳したので先にこちらを上げておく。
 かつてナショナルエディションには和訳の解説文が付いていたそうだが[1]、どういうわけかいつの頃からか止めてしまったようで、現在では英語の解説文しかない。あるいは、河合優子がナショナルエディションの全編和訳を始めた[2]ためかもしれない。河合優子ポーランド語ができるので、英訳を底本とせずに和訳を作れることから、より正確な和訳が望めると邦訳版の出版を譲ったのかもしれない。しかし、河合優子は震災以降放射能怖いって言ってワルシャワに引き篭もったままで進捗している様子がない。ツイッターで少しずつ和訳をアップしていくと言っていたが、こちらも2011年7月で止まっている[3]放射能で日本はもうだめや!と言って逃亡した手前、気まずくて帰ってこれないのだろう。
 そんなわけで、以下ワルツ19番の解説文。

演奏に関する解説

9. ワルツイ短調, WN63

 前打音で表記されている2音の装飾音は、最初の音を左手の拍頭とタイミングを合わせるほうが良い。しかし、打鍵のタイミングよりも重要なことがある。素早く軽快な高品質の音で演奏することである。そのような演奏であれば、前打音とする通常の弾き方でも許される。


原資料に関する解説

9. ワルツイ短調, WN63

原資料
AI: 作曲時の自筆譜であり、演奏法に関する記述がない(パリ、国際図書館蔵)。清書版とは伴奏や旋律のリズムに細かい違いがある。
A: 清書版であり、「ワルツ(Walec)」とタイトルが付けられている(パリ、国際図書館蔵)。ナショナルエディションでは基本的に、この版を元に編集した。この自筆譜はSuzanneとDenise Chainayeによって雑誌La Revue Musicaleで初めて公開された(Richard-Masse, パリ1953)

編集原則
 資料Aを採用する。他の類似した部分と合わせるためにスラーリングを補足したが、このように演奏しなければならないというわけではない。

P42
 15小節右手。最初の音についているトリルはAIによるものである。Aにはこのトリルが欠けているが、これは次の理由からショパンの不注意によるものと考えた。
51小節の同様の旋律にはモルデントがある。
AIの9~16小節ではスラーがすっかり抜けている。この部分において、ショパンは音符だけを書いて他のことを忘れていたと推認される。

 なお、このワルツ遺作集全体の解説文がこれとは別にあって、それなりに有用なのだけど、少し分量がある(とは言っても大した量ではない)ので、こちらはまた別の機会に譲る。

参考文献
 [1]岡部玲子, ショパンの楽譜、どの版を選べばいいの?, yamaha(2015)
 [2]ヤン・エキエル, ショパン ナショナル・エディション日本語版 3. 即興曲, コンサートサービス(2008)
 [3]河合優子, National Edition 翻訳(archive.today), twitter

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ピアノの残響について

 ピアノで離鍵した後に残る残響音がどれくらい続くのかなと思って調べてみた。
 残響が長く続けば続くほど離鍵タイミングの許容誤差が緩くなる。その一方で演奏自体に締まりがなくなる。それで、どんなものかと興味を持ったわけである。
 一応、KAWAIが美しくピアノの音色を響かせる、適切な音の残響時間は、低音域で0.5秒、高音域で0.3秒程度です(InternetArchive)と答えを出している。
 ピアノの残響と一言にいうが、ピアノの筐体由来の残響と、部屋による反響がある。また、音の高さや強さ蓋の開き具合によっても残響時間は異なる。
 部屋が広ければ広いほど当然ながら残響時間は長くなるので、ホールには残響時間というパラメーターが付き物である。例えば、横浜みなとみらいホール残響時間 1.6秒 (満席時)(InternetArchive)とある。
 部屋について考えるとまとまりがつかなくなってしまうので、ピアノ自体だとどんなものかなと考えると、例えばベルリン・フィルの録音では60dBの減衰に1.2秒かかるという分析がある[1]が、なにぶん録音の分析なので離鍵タイミングやペダルの有無が不明瞭である。また、-60dBというとほぼ聞こえないレベルであるので、離鍵タイミングの許容誤差を考慮するには減衰が大きすぎると感じる。僕が普段録音している時、曲の最後は-60~70dBくらいまで音が小さくなったところで切って、最後の部分をフェードアウトするようにしている。それくらい小さな音なので、-60dBというのは有効じゃないなと思う。建築音響で使う残響時間は,残響曲線で音圧レベ ルが60dB減衰するのに要する時間である[2]そうなので、分析としては間違っていないがちょっと使えないなあという感じがする。
 では、上のKAWAIの回答はというと、建築音響に基づいた表現ではないのだろうと思う。しかし、その分感覚に阿った感じがあって値として使いやすい。

 そんな事を考えていたら、そういえば音源ソフトの比較で録音した波形を分析したことがあった[3]なあというのを思い出した。
 Garritan SteinwaySYNTHOGY Ivory II GRAND PIANOSSteinway Model D、DUP-7(魚拓)の3種類の音源でペダルの踏み加減による減衰について録音した波形を分析して、Garritan Steinwayにハーフペダル機能が備わっていないことを確認したときである。
 設定はだいたいデフォルトだが、ちょっと弄っている。詳しくは当該エントリーを見てもらえば良いけど、大して意味があるとも思わない。Garritan Steinwayはハーフペダルが効かないという結論があるだけで、残響成分がわかるような分析はしていないので、今回は出てくる場面がない。

SYNTHOGY Ivory II GRAND PIANOS - Steinway Model D

 これは、ペダルONのときとOFFのときの波形を重ねた画像で、両者の一致率の高い上の方が見やすいのでこちらで考えるのやりやすいかなと思うのだが、離鍵から先の波形の振幅の変化をプロットしたグラフがあるので、そちらが見やすいはず。

 たくさんのグラフを並べているけど、これはペダルの踏み加減を25段階に分けて測定した結果なので、見るべきは一番早く減衰している一番左下の部分を見てもらえば良い。縦軸は本来dBであるべきかもしれないけど、座標から値を当てはめやすいように0~1の間に当てはめた。感覚的には0だと大体聞こえなくなるっていうくらいな感じである。
 これによると、難しいことを考えないで大体0.5秒で残響が消えることになる。

DUP-7
 こちらもIvory IIと同様のグラフがあるので、面倒なエンベロープ曲線は出さずにグラフだけ上げる。

 こちらは0.5秒で殆ど沈み込んでいるけど、1秒近くまで続いている。

 それで、当初の動機である離鍵タイミングの許容誤差を考える場合、完全に減衰するまで待つ必要はなく、せいぜい半分くらいじゃないかと思う。
 すると、どちらの楽器も0.1秒くらいが許容誤差になるんじゃないかと思う。
 今後、必要な機会にこの結果を踏み台にして考えようと思う。

参考文献
 [1]ベルリン・フィルハーモニーホールの残響時間をCDから測定(魚拓), Sound Preference Audition Room
 [2]久保和良, 青島伸治, 残響応答によるピアノ音とギター音の減衰分析, 計測自動制御学会論文集 Vol.31, No.6, 712/721(1995)
 [3]高見, ペダルの比較, 戯言(2011)

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安城ヶ原の水争い

 都築弥厚が明治用水を計画する以前の水争いについて、ネットでは殆ど情報が見つからないので、上げておく。

鷺蔵池事件[1]
 鷺蔵池は岡崎領上野村の粟寺新郷(現豊田市)にある3.3haの池であったが、上の村ではこの池を必要とせず、かえって水害のもとであると考えていた。そのため、岡崎領ではこの池を開墾して水田にする方が得策だと考え開墾の計画を立てたのであった。ところが、鷺蔵池から流れる水は里村の八幡池に入っていた。つまり八幡池は鷺蔵池の子池になっていたわけである。そこで、鷺蔵池の水が得られなくなることは里村の農民にとっては死活問題であった。また、猿渡川は八幡池を水源としていたため、猿渡川の身を用水として使っていた重原藩や刈谷領はこぞって鷺蔵池の開墾に反対したのであった。これが有名な「鷺蔵池争論」と言われるものである。この争論は数回にわたって行われたのであるが、1681年の幕府の裁許状「鷺蔵池は上野村にあっても、里村が用水として使う以上は、池を開墾することは一切まかりならぬ。」をたてに、里村を始め関係の村々がこぞって反対したため、鷺蔵池の開墾はついにできなかったのである。
禰宜田池事件[1]
 1833年(天保4)9月のことである。箕輪村の禰宜田池に安城村の百姓が堤を壊して稲を植えたというので、箕輪村の村役人が抗議したが受け入れられなかった。そこで箕輪村では、水源地の回復を求めて訴えを起こしたのであった。ところが、安城村の言い分は箕輪村の言い分を否定し、箕輪村の禰宜田とかきろうどというのは、安城村菅池のことで、安城村の田であるのに、禰冝田村の百姓がやってきて、稲を踏み倒したことを逆に訴えたのであった。事件は村役人の交渉では解決が着かず、ついに、江戸寺社奉行にまで訴え出ることになったわけである。かくして1835年11月に池の境を決めて解決を見たのであった。
芦池争論[1]
 1790年、この頃の高棚村は、米の石高1千石に満たない、小さな部落であった。安城ヶ原一体にある大小多くの溜池の中で、この地方最大の広さを持つ芦池が高棚にはあり、面積80haにもおよぶこの池は、境を接する野田・半城土村(刈谷)と、池の管理や境界をめぐって争いが絶えなかった。
 あたかもこの芦池を挟んで、3つの村は睨み合う状態に位置していたのである。高棚村では、この池から5つの樋門を通して、新池・蛙田池・柿無白田池の3つの池に水を分け、そこから田に水を引いていた。だからこの水は、高棚村の命の水であり、901間におよぶ堤防を堅固に築いて水を蓄えていた。
 野田・半城土村は、この芦池の水を必要としたわけではない。池の水を落としたあとに生える草や、池の付近の草や薪の確保が必要なわけで、それに、池の近くまで迫っている田を、さらに拡大する新田開発を望んでいた。しかも、池の水の増減に寄って広さが変わるためもあって、池と周りの境界がはっきりしていなかった。だから、高棚村で堤防を高く築くと、野田・半城土村に浸水するという。高棚村ではこの浸水地を池の内だと主張して譲らず、争いは収まることがなかった。
 結局、収集はつかず、代官所などへ訴えるのであるが、幕府代官にしても、こうした農民の不平不満が大きくなることを恐れ、和談がすすめられた。その時、仲介役を引き受けたのが和泉村の都築弥厚(弥四郎)で、和談の場所に彼の自宅を提供して事を治めた。
 1800年には、堤の高さや池についてのいろいろな協定が結ばれるのである。しかし、もともと双方不満のままの協定は長く続かなかった。ついに1803年には協定を破棄し、直接幕府評定所へ訴えでたのである。このとき、高棚村の庄屋重蔵が、単身で池の境として築いた野田・半城土村の塚を破壊し、命をかけて村の代表として江戸に行った。と伝えられている。無論野田・半城土村でもだまってはいない。やはり代表が江戸へ訴え、争論したのではあるが、幕府評定所も、これらの訴えを裁き押さえることはできず、あやふやな旧来の監修を尊重するにとどまった。このため高棚村と野田・半城土村の芦池争論は、その後もしばしば再発した。
作野池[2]
この溜池は篠目・谷田・八ツ田の三箇村共有の池で、文久3年(1863)には、単なる口約束では収まらず互いに文章でもって固い約定をしている。干ばつの時には、溝ざらえには各村鍬二挺、同時刻でなければ出動してはならないとか、無断で自村以外の溝ざらえを行った場合には以後一切鍬入れを禁止するといった厳しい定めになっていた。農家は、溜池の水だけでは足りないので、各自に井戸を掘り人力で汲み上げて、それぞれの畑に水を入れるのが通例で、そのために要する労力は莫大なものであった。

 鷺蔵池の裁許は安城市文化財図録に掲載(魚拓)がある。
 これ以外にも長田川井堰事件などがあったそうで、詳細が分かったら追記しようと思う。

参考文献
 [1]狐牛会, ひとすじの流れ : 評伝・都築弥厚・石川喜平, 安城文化協会(1972)
 [2]明治用水百年史, 明治用水土地改良区(1979)

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 20140629 矢作川

メモ帳α

 テキストファイルを開くとき、Windwos10より前の頃はメモ帳αというソフトを使っていた。というのは、Windows標準のメモ帳ではファイルを保存するときにウィンドウの右端部分で勝手に改行するという不具合があった。Windows95の頃からある不具合なのだけど、20年以上も放置してるんだからMicrosoftは修正するつもりはないのだろうとWindows標準のメモ帳を使うのは止めていた。
 メモ帳自体は軽くて使いやすいソフトなので余計な機能のないテキストエディタは何かないかなと探したところメモ帳αがヒットした。
 ところで、Windows10になって、メモ帳のプログラムを更新したらしく、改行問題は解決された。こんな重要な改善にも関わらず、何の宣伝もしないマイクロソフトの奥ゆかしさに思わず涙する訳だが、とにかくWindwos10では敢えて社外品であるメモ帳αを使う理由もなくなって普通のメモ帳を使うようになった。
 ところが先日のWindwosUpdateからだと思うのだけど、メモ帳でテキストファイル内の検索をするとそのファイル内でコピーした文字列が勝手に入力されている。親切なのかお節介なのかバグなのか知らないが、とても困る。

 Gaussianで計算した結果のアウトプットファイルをエクセルでまとめているとき、例えば特定の原子間の距離を少しずつ伸ばしながら構造最適化していくという計算をした結果を見る際にそれぞれの距離ごとの構造最適化結果を見たいので、検索の際に"! R11 R(6,23)"とか入力すると構造最適化が終了した部分がヒットするので都合が良い。これを手掛かりにしてこの近くにある構造最適化後のデータを引き出してエクセルにコピペする。すると、"! R11 R(6,23)"の代わりにコピーした文字列がクリップボードに残ることになり、次に検索する際に"! R11 R(6,23)"ではなく、必要のない文字列が検索窓に入っている。元の"! R11 R(6,23)"でなければ検索する意味はないというのに。

 そんなわけで、メモ帳はもう使えないので以前に使い慣れたメモ帳αに戻すことにした。

 と思ってたら、メモ帳αだと"Å"や"ü"が保存できないことが分かった。アップデート情報を見ても不具合の報告とかないし、10年以上更新がないみたいでこのままなのかなと思う。しかし、これまでÅという文字を打ってこなかったとはとても思えないので、気づかずにやり過ごしてしまったんだと思う。
 これは非常に困るので、メインをメモ帳にして、必要に応じてメモ帳αを使うという運用にしようと思う。
 ちなみに、これを書いているマシンはWindows8.1であり、改行問題は解決していないバージョンなので、ウィンドウのサイズを変えると不具合が発生して非常にストレスフルである。
 一応、再度保存したり、"Ctrl+A"ですべて選択したりすると、慌てて追従してくるという謎仕様があるので、それでぱっと見は解決できるみたい。まあ、鬱陶しいことに変わりはないけど。
 しかし、色々試したところ、以前みたいに変に改行されたまま保存されるという不具合はなくなっているようである。

 さて、何とか折り合いを付けた思ったのだが、今度ははてなブログがメモ帳の右端で折り返す改行コードを実装していることが分かった。何してやがる。
 僕は通常はHTMLでこのブログを書いているから本来では影響ないはずだけど、はてなブログの仕様でHTML入力の際の改行は半角スペースを開けるとなっているらしく、メモ帳で書くと酷いことになる。
 記事をアップするときだけ"右端で折り返す"を解除しろってことかな。
 まあ、普通にメモ帳は改行問題が鬱陶しいので、やっぱりテキストエディタはメモ帳αを基本としてÅを入力したいときだけメモ帳にした方がいいのかな。でも、メモ帳を使うのは結局面倒になってメモ帳αで保存できない文字は文字コードを埋め込むことになりそう。

参考文献
 Windowsメモ帳の「右端で折り返す」で入る謎の改行コード(魚拓), @kaityo25

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