インベンション5番 演奏解説


 インベンション5番を録音した。
 イマイチ面白みに欠ける曲で、この曲のどこに魅力を感じて弾こうと思ったのか自分でもちょっとわからない。ともかく、「この曲を弾きたい」という意味の付箋が楽譜に貼ってあったので練習した。
 5番は結構単純な構造をしているため、これまでよりも踏み込んだ説明ができる。とはいっても、そこら中で販売されている解説書の内容をお湯でふやかしたようなものであるのはご理解いただきたい。
 楽譜は全音版、参考資料としてバッハ インベンションとシンフォニーア 解釈と演奏法を使った。

主題と対旋律


 上が主題(Dux)、下が対旋律である。
 主題と対旋律を並べて、移調したり端っこを整えたりして曲全体を作っている。対旋律は主題から派生しているので、主題をいじくり回すことで曲を作っているということになる。インベンション、シンフォニア平均律は大体そんな風に作られている。
 主題には主動機Aという部位があり、ここから対旋律のa,b,cが導かれる。
 つい旋律はab-ba-ac-caという並び順になっている。

曲の構造について
 主題部分を並べると次のようになる。
第I展開部:1.上声Dux、下声Comes、9.間奏I
第II展開部:12.下声主題、上声主題、20.間奏II
拡張分:23.間奏III、27.上声超過主題(コーダ)
 1~9小節と、12~20小節が対応する形となっている。
 展開部の構成は次のようになっている。

第I展開部

小節1――――――55―――――――99――――――12
上声主題(Dux)Es dur→B dur(D)ab, ba, ac, caA, A, A
下声ab, ba, ac, caComesB dur(D)→Es dur(T)ab, ab, ab'(間奏I)

第II展開部

小節12―――――――1616―――――――2020―――――23
上声ab, ba, ac, ca主題f moll(Sp)→B moll(mD)aa, aa, aa
下声主題c moll(Tp)→f moll(Sp)ab, ba, ac, caA, A, A(間奏II)

拡張分

小節23――――――2727―――――――――――――3232
上声A, A ,bb', ba上声超過主題Es dur(T) -- As dur(S) -- Es dur(T)K(カデンツ:終止)
下声bb, ba, A, A(間奏III)ab, ba, ac, cc, caK(カデンツ:終止)

 調性は次のように変化している。
1. Es dur(T) → 5. B dur(D) → 9. Es dur(T) → 12. C moll(Tp) → 16. f moll(Sp) → 20. b moll(mD) → 27. Es dur(T) → 30. As dur(S) → 31. Es dur(T)
 Duxは主題のこと。ドゥックス、先導者、主唱などという。
Comesというのは主題に対して属調で模倣応答する主題のこと。コメス、同伴者、答唱などという。
 超過主題というのは、展開部の構成上、意図された前からの運動の発展ないしは線的継続が不可分の場合、その声部1つに限って認められるもう1つの主題のこと。何を言っているのかよく分からないかもしれないけど、構成上都合が悪いから1回だけ余分に主題を捩じ込むことで曲の繋がりを円滑にするものとでも思ったら良い。
 調性を表す記号の意味は次の通り。


T:トニカ(主調)
Sp:サブドミナント・パラレル(下属調平行調)
S:サブドミナント(下属調)
D:ドミナント(属調)
mD:モル・ドミナント(短族長、属調平行調)
Tp:トニカ・パラレル(主調の平行調)

 もうちょっと細かい部分まで作りこんであって、学ぶことがたくさんあるのだけど、演奏する上ではあんまり役に立たない。調性とか構造についての法則性が分かっていると、演奏中先々のことが事前に予測できそうな気がするけど、実際は目の前のオタマジャクシをクリアするのに精一杯でそんな余裕はない。
 また聞き手の側も、たとえ専門家であったとしても最初に鳴った音を記憶していられるものではない[3]のでこうやって緻密に作り込んだところで殆どは理解されない。勿論、この手の誰でも知っている曲は聞き手もよく知っているので、不備があれば色々とケチを付けてくるのは間違いない。しかし、それは音楽そのものではなく、譜面を見たときに初めて分かる美しさであり、音楽を聞くことからは乖離している。
 バッハの時代は演奏者=作曲家だったので通用したが、自分が作曲に携わるつもりがなければ演奏者が深く学ぶことにはあんまり意味がないことである。ただし、ジャズなど常に即興を求められる類のジャンルで演奏する場合はちゃんと勉強したほうが良いかもしれない。

演奏について
 全体として似たようなフレーズばかりであり、いくら練習しても音を覚えられないので楽譜を見ながら演奏する。完全に手元を見ずに弾くというのはちょっと難しいので、必要な場合は手元を見るのだがその際はこのように*印を書いて一目で分かるようにしている。また、できるだけ手元を見ずに弾けるよう、しっかりと指番号を記入すると同時にこのように手を広げる距離を書き込んで演奏中に迷わないようにした。こうして手を広げる距離でキーの位置を探る場合、離鍵した後に手を動かすとどこに手があるか分からなくなってしまうのでポジション移動の必要がない限りは手を動かさない。

リズム
 はじめに録音したとき、テンポがブレまくりで聞けたものではなかった。普段からリズムを意識して演奏していないため、その時々の手が弾きたい速度で奔放に演奏しているためである。終始一貫した曲調であるため、意味のないテンポのブレはとても不快に聞こえてくる。
 そんなわけで足踏みしてリズムを取りながら演奏した。幸いペダルをまったく踏まずに演奏できるので暇をしている右足にパーカッション役を努めてもらった。
 テンポが安定すると、無意識のうちに速度が上がったせいでミスることが減る。平素からテンポをブラさずに演奏できればよいのだけど、録音してみないと気づかないのだから仕方がない。

装飾音
 この曲は主題からしてモルデントでできているので、装飾音はかなり重要な要素である。装飾音にはカッコを付けてあるものがあり、どういう意味があるのかよく分からない。面倒なのでカッコつきの装飾は省いて演奏した。
 装飾音は3種類ある。モルデント(mordent)、トリル(trillo)、終結音符を持つ下方に向かうトリル(doppelt-candence und mordent)。それぞれ、初出の所に 五線テープを貼って演奏例を書き込んで練習した。それぞれ次のように演奏する。

・モルデント

・トリル

終結音符を持つ下方に向かうトリル

 モルデントはどういうわけか初出のEではなく、Gに書いている。どこでもいいと思ったんだろう。
 終結音符を持つ下方に向かうトリルは中間のトリルの部分の繰り返しの数はテキトーに書いている。ここは最後のフェルマータに向かってリタルダンドしてくいる部分なのでその時々の速度に合わせて繰り返す。
 よく見るとモルデントには縦線の位置が異なる2種類の書き方がある。これが何を表しているのか不明だが、印刷の都合でこうなるのではないかということにした。

4-5, 8-9小節


 ☆4小節のDuxでは1オクターブ上がっているところ、8小節のComesでは7度だけ上がっている。そのため、続く転調で4→5小節で5度、8→9小節で4度上り、2回の転調で主調に戻ってくる構造になっている[2]。・・・・と解説に書いてあるけど、右手を見ると7小節後半でEs dur、9小節後半でAs durに転調している。この部分、左手は5~8小節がComesなので途中で転調するのはおかしい。右手と左手で調性が違うっていうのはアリなのかな?
 5小節右手後半。Bのオクターブを弾くと同時に手を上のBの側にポジション移動すること。オクターブのBを両方共押せる手の配置だと次のAは黒鍵と黒鍵の隙間を押さなければならないことになり、高い確率で隣のAsに指を引っ掛けてしまうため。高音側にポジション移動しておけば、鍵盤の手前の黒鍵のない部分を使うことができるので、黒鍵に指を引っ掛けることはなくなる。

12小節

 ※右手後半から。4指の動きが悪くて粒が揃わないことがある。4指は他の指よりも動きが悪く、意識せずに離鍵したときに他の指よりも低い位置にあることが多い。離鍵の際にしっかりと指を上げることで他の指と同じ高さまで指を上げることで、他の指と同じように打鍵できるようになるので、ちゃんと離鍵の際に指を上げること。

18小節

 右手のトリル。肘を右側に向けることで指が鍵盤と垂直に並ぶようにすると、3指でC音を手前の黒鍵がなく、白鍵の面積の広い部分で押さえることができる。のだけど、慣れてくると鍵盤の奥の方でも普通に弾ける。

参考文献
 [1]市田儀一郎, インヴェンションとシンフォニア
 [2]市田儀一郎, バッハ インベンションとシンフォニーア 解釈と演奏法
 [3]ジョン・パウエル, 響きの科学

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