アルベニス 入江のざわめき 演奏解説

 入江のざわめきを録音した。アルベニスの「旅の思い出」という曲集の6曲目。ヤマハの楽譜には作品番号が書かれていないが、他の楽譜ではOp.71とのこと。
 スペイン物は初めて。ちょっとカッコいいリズム感が特徴的。楽譜を見てもどういう感じのリズムで弾いたらいいのかイマイチ掴めないので、他人の演奏を聞いてマラゲーニャのリズム感を身につけると良いと思う。
 演奏は現代では標準版のような扱いを受けているアリシア・デ・ラローチャを念頭に置いた感じだけど、別に参考になってるというわけでもなく、マリサ・ロブレスでも問題ない程度にしか参考にしていない。全く別な演奏ではコルトーとか独特の曲に仕上がっていて面白いけど、到底真似できそうにない。
 楽譜はヤマハ版を使った。というか、この他には全音ピアノピースミュッセ、あとはピアノのための名曲楽譜シリーズ アルベニス vol.13というパブリックドメインの楽譜を綴じたものくらいしか国内版は存在しないのではないだろうか。
 ちなみに、このヤマハ版は非常に間違いが多い。今回は解説ついでにいくつか間違っている部分を紹介する。ってか、校訂報告とかするのはいいけど、先に間違いを潰せよなって思う。でも、出版してくれてありがとね。
 この曲のタイトルはよく「入江のざわめき(マラゲーニャ)」という書き方をしてある。マラゲーニャというのはスペインの踊りのことで、日本大百科全書(ニッポニカ)の解説(魚拓)では次のような説明がある。

(1)スペインの民謡および民族舞踊ファンダンゴの一種で、マラガ地方特有のもの。音楽は一定の和声進行に基づく六つのフレーズからなり、5行(1行を反復)の詩がゆったりと歌われる。
(2)19世紀末ごろに大流行した「カンテ・フラメンコ」の一種。エル・メジーソ、ホアン・ブレーバ、アントニオ・チャコンなどの有名な歌い手(カンタオール)が、本来の民謡にロマ(かつてはジプシーとよばれた)独特の歌い方を加えてつくりだしたもの。スペインのアルベニスをはじめ、フランスのシャブリエ、ラベルに、この歌のリズムや旋律を取り入れた器楽曲がある。[関根敏子]


テンポについて
   テンポの指示はなくかなりテキトーに緩急を付ける。
 アルベニスについては全然詳しくないのでどうするべきかという指針とか示すことができない。あえて言うのなら、マラゲーニャって書いてあるんだからそれらしい演奏にするってくらいじゃないかな。上記の通り、「マラゲーニャ」ってのが何か知らずにググってくるレベルの人がエラソーに講釈垂れても恥ずかしいだけなので。
 テンポはともかくとして拍子をしっかりと取ることが大切である。

曲の構造について
 構成としては前奏-A-B-Aという単純な形。先のAと後のAは完全に同じとなっている。Aでは2小節目と同じ小節がフレーズの合間ごとに挟まって寄せては返す波の動きを表している。
 テキトーに構造をまとめると次のようになる。調性とかは面倒なので書かない。

A  
序奏 1 - 1
a1 2 - 14
a2 15 - 25
b1 26 - 31
a3 32 - 43
b1' 44 - 49
b2 50 - 52
b2' 53 - 57
a1 58 - 69
コーダ 70 - 71
   
B  
つなぎ 72 - 74
中間部 75 - 94
カデンツ 95 - 95
   
A  
a1 96 - 108
a2 109 - 119
b1 120 - 125
a3 126 - 137
b1' 138 - 143
b2 144 - 146
b2' 147 - 151
a1 152 - 163
コーダ 164 - 165

 Aの部分全体を通して同じようなフレーズをさんざん使い回すため、譜読みが結構楽である。でも、どこも同じようなフレーズばかりで、演奏中に自分が今どこを弾いているのか分からなくなってしまうということがある。フレーズごとに2小節目と同じ小節が登場するため、テキトーにつなげても全く問題ないので、人前で演奏するときはそれで切り抜けることができる。録音するときはちゃんと楽譜通りに弾きたいという人は、まあ頑張ってもらうしかないとして、上記のコルトーの演奏を聞いてもらえば分かる通り、全然楽譜通りに演奏していない。あんまり細かいことを気にしないほうがいいと思う。

暗譜せずに弾く場合
 ここ暫くの手元を見ないでピアノを引く練習の成果がいくらか出てきたようで、楽譜を見ながらそこそこ演奏できるようになってきた。その一方で、アンプの必要がなくなったためあんまり曲を覚えていない。
 暗譜せずに楽譜を見るということは譜めくりをしなければならないということ。編集者の腕に依る部分もあるのだけど、譜めくりしやすいタイミングとページを捲るべきタイミングというのはなかなか上手く合致するもんでもない。それで、どうしてもその合致しない部分だけは暗譜しなければならなくなる。
 この曲の分かりやすい譜めくりのタイミングは71~74小節と、95小節である。後者はページを捲ってすぐで、94小節だけ覚えてしまえばよく、実に楽だが、前者の方は見開きのど真ん中、右側のページに入ってすぐなので、譜めくりには最も不適な位置である。なお、曲としては区切りが良い位置でもある。さて、左側のページは45~71小節である。ところで、58~69小節というのは2~14小節と同じである。なので、結局暗譜しなければならないのは45~57小節と70~71小節の合計15小節だけということになる。最後のところなんてたったの11音だ。
 さて、44~57小節が一つの流れになっているので、45小節からなんてケチなことは言わずに44小節から覚えてしまおう。1小節くらい増えたって大して変わりゃしません。
 この部分は26~31小節で提示した流れを展開させて進行していくので、一種の変奏ということができる。44~46小節は完全に26~28小節と同じだし、47~49小節は49小節の左手の2音目が異なるだけで他はすべて同じである。そう考えると、覚えなければならない部分はかなり少ない。
 というわけで、かなり覚えやすい曲ではないかと思う。

A.271小節
 いつものように用のある小節だけ切り出して解説するつもりなのだけど、前半のAと後半のAは全く同じなので、前半のAだけ説明する。

2小節

 最初はリズムに戸惑うかも知れないけど、別に特に難しいわけでもない。これがそこら中に出てくるので色んな弾き方をするのもいいと思う。出てくる場所によってpだったりppだったりする。

5小節

 間違い発見。右手の16分音符と16分休符の位置が入れ替わっている。3小節の形が正しい。

7小節

 右手と左手が近くて混み合ってる上、次の小節の最初の音と距離が遠いので、左手3拍目を右手で取ってみたらどうかなと思ってやってみたが、あまり上手いやり方ではない。別に弾けないこともないけど、右手の2音のタイミングに自由が効かなくなる。しかも、よくよく録音を聞いてみると3拍目のDが抜けている事が多い。指が完全に独立していれば苦もなくできるのだろうけど、普通に楽譜通りに弾いたほうが無難。どんだけ指くぐりしたくねーんだよって言われる。

1113小節

 これも7小節同様、右手で取ってみたけど、その必要はない。どんだけ指くぐりしたくねーの。

26小節

 Meno Tempoとテンポを落とすよう指示がある。A後半はここから先6955小節まで前半よりもテンポを落としたものとなる。
 cantandoCantabileと同じ「歌うように」という意味。

5155小節

 楽譜にはペダルの指示があるが、ペダルを踏まなくても左手はベースを保持したまま2,3拍目を押さえられるのでペダルは踏まないことにした。これでペダルに悩まずにスタッカートが表現できる。

7071小節

 これがAのコーダとなる。
 71小節左手一番上のCisは位置的に右手で取るのが楽。右手一番上のAと同時に2指で取ると良い。

B.7294小節
 Aとは雰囲気がガラッと変わる。
 ベースと主旋律と中声部の3声で進行する。中声部は裏拍となってリズムを刻む構造となっている。
 7274小節でレントで繋いだ後、75小節にはTempo I゜と、最初のテンポに戻すよう指示がある。最初のテンポとはいっても、B全体としてかなり激しくテンポが揺らぐ。楽譜にもテンポの揺らぎを指示してあるが、実際の演奏に比べてかなり抑制的な表記となっている。楽譜に記述されているよりも誇大に表現しても問題ないと思う。また、音が細かく難しく感じる部分には大抵テンポを落とす指示がある。思い切ってテンポを落としても問題ないようになっている。
 75小節がsempre pで、85小節mfと音量の変化が示されているが、85小節でいきなり音を強くするよりも徐々にmfに向かって行ったほうが良いと思う。

7879小節

 右手主旋律、79小節に入ったところでDを5指で取るように書いてあるが、Esを押さえた3指をそのまま横に滑らせてDを取っても問題ない。そうした方が楽に弾ける。

7881小節

 中声部3拍目のBF和音は楽譜の間違い。中声部は裏拍で叩かなければならないので、ここは半拍後ろに16分音符とする。

7882小節

 右手2拍目のEBを41指で取るようになっているが、その通りにすると黒鍵のBを1指で取ることになりこの部分全体を鍵盤の奥の方で弾くことになる。続く音はすべて白鍵なので、黒鍵と黒鍵の隙間を押さえなければならなくなる。黒鍵が邪魔になって非常に弾きにくい。なので、このEBは41ではなく42で取ることで、続く音は全て鍵盤の手前で伸び伸び弾けるようになる。

7895小節

 BからAへの繋ぎのカデンツァ。カデンツァは本来協奏曲などの最後の方で演奏者が即興演奏で技巧を見せつけるものであるが、19世紀以降は作曲者が書くのが殆どとなった。だからといって、楽譜に書いてあるとおりに弾かなければならないわけではなく、カデンツァと行っている以上はそこに書いてあるものは演奏法の一例程度に考えたほうが良い。例えば、有名なショパンノクターンOp.9-2の最後のカデンツァでも好きにアレンジして弾く人もいたりするし、ショパン本人もそうしていた。そういうわけで、ここに書いてある譜面が絶対に正しいというわけではなく。その上、ご丁寧にad lib.とまで書いてくれている。

最後に
 今回は小節番号を四角で囲うというのを試みてみた。以前、どこかでやろうとしたことがあった気がするけど、止めてしまった。なぜ止めたのか覚えていない。面倒だという程度の理由だったら、別にやってもよいのだけど。
 具合が良いようであれば、今後も四角で囲うということをしていきたい。

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