ショパン ノクターン2番 Op.9-2a 演奏解説

 ノクターンOp.9-2aを再録した。先日、久しぶりに弾いてみたら意外と指が覚えていてちょっと練習すれば弾けそうな感じだったので、折角の機会ということで録音した。ついでにアレンジ無しも録音した。
 ノクターンOp.9-2はショパンの曲では最も有名な曲の1つに数えられる。ショパンは自分の曲を演奏する際、その場の気分に応じてアレンジしており、レッスンの際に弟子に教えたアレンジとか、ショパン自身の演奏の耳コピとかが残っている[8]。この曲は特に多くのアレンジが残っており、これをエキエルがまとめてナショナルエディションとして出版した。
 アレンジ無しの楽譜はタイトルというか番号が2となっており、アレンジありの楽譜は2aと書いてあるので、アレンジ無しをOp.9-2、アレンジありをOp.9-2aと記述する。
 今回の演奏解説に当たっては基本的に2aについて解説する。同じ曲なので、場所によっては2でも通じる部分があるとは思う、その点においては2の方の演奏の参考になる可能性はあると思う。とはいっても、そんな激ムズな曲じゃあないのでそれほど書くことがあるとも思えない。

音源について
 ナショナルエディションのバリアントは河合優子の録音[1][3][5]くらいしかないと思ってたんだけど、調べたらコチャルスキとかウラディーミル・フェルツマンとか小原孝とかEwa Poblockaの録音が存在するらしい。Ewa Poblockaはアマゾンの中古市場では17663円と糞高い値付けになってる。これを買うくらいならHMVナショナル・エディション・ボックスを買ったほうがよっぽど良い。
 また、ナショナルエディションではないが、独自にアレンジを施しているBart van Oortの録音はお勧めである。

楽譜について
 上記の通り、当然ながらナショナルエディションを使うが、コルトー編にも見るべきところがあるのでこちらも参考にした。バリアントについてはウィーン原典版にも掲載されているので、値段のクソ高いナショナルエディションには手が出ないという方はそちらを選ぶと良いと思う。それにしてもナショナルエディション、アメリカじゃ29ドルなのにどういうことだよ。
 ちなみに僕が使っているナショナルエディションはポーランド語バージョンなので、解説文に何が書いてあるのか全く読めない。以前ノクターン15番Op.55-1の解説を和訳したことがあるけど3分の1ページくらいしかないのにめちゃくちゃ大変だったのでもうやりたくない。英語だったら少しくらいやる気も出ようっていうものだけど、ポーランド語なので読みたくない。誰か英語版の解説文を譲ってくれるっていう奇特な方がいるなら訳してもいいかもしれない。

テンポについて
 テンポはかなりいい加減に設定しており、その日の気分によって好きに変えている。実際のところ、テンポの指示は結構あるので正確に弾きたいという人は支持に従ったほうが良いと思う。ただし、アレンジ部分で非常に速い動きを要求される部分があるため、どうしてもテンポを落とさざるをえない部分も出てきて、結局指示通りのテンポで弾けないじゃんとなる。

曲の構成について
 変奏曲形式なので、主題、変奏、コーダという作りになっている。具体的には次のとおりである。

小節  
1~4 主題
5~12 第1変奏
13~20 第2変奏
21~24 第3変奏
25~35 コーダ

 基本的に左手の動きは変わらないし右手も殆ど同じなのですごくお得感の高い曲である。
 この曲の左手は弱音ばかりとなる。このとき、弱い音を鳴らす方法を一つ試みた。普通、ピアノで脱力というと余計な力を抜くという意味で、完全に力を抜いてしまうわけではなく、最低でも指がキーに押し負けない程度には力が入っている状態である。ここで提案するのはわざと指がキーに押し負けるようにしてより弱い打鍵を行うというもの。まともなピアノ教師の前では言語道断の行いである。間違いなく叱責を買う。それでも、この弾き方によってより一層の弱音が手に入る。問題は和音を弾く際各音が揃わないのと、ときどき音が抜けること。こういう弾き方もあるということを知っておいても良いと思う。

ベース音のスタッカートについて

 1小節目の各ベース音にはスタッカートがついている。
 これは短く切るのではなく、打鍵後次の音に向かうためにすぐに離鍵するという動きを意味している[9]
 2小節目以降はこのスタッカートが書かれていないしsempreの表記もないが、同じように演奏する。ペダルの記号を途中から書かないというのと同じ扱いである。
 なお、ナショナルエディションではこのスタッカートの表記はあったりなかったり、で、1, 5, 9, 10, 21, 22, 25小節だけについている。一方、全音版では1ページ目の全て13小節まではみっちりとスタッカートが付けられており、2ページ目からはかなり省略されて簡素になっている。
 結局、このスタッカートはどうせペダルを踏んでいるということで、音には何の影響も与えない。それどころか、ちゃんと保持しないといけない重要なベース音なので、スタッカートの表記に惑わされて短く切るなんてことをしてはいけない。打鍵した後の演奏者の手の動きだけのものなので、あってもなくてもよいと思う。

4~5小節

 楽譜には譜例のようにバリアントが表記されているが、ジェーン・スターリングがショパンからレッスンを受けた時の楽譜には4小節目と5小節目のBとGの間にギザギザの線が引かれている[6]。経過音を入れなさいという意味で、この譜例の通りに弾かなくても各自で工夫を凝らして曲を作ったら良いことを示している。
 これはバッハが楽譜にあまりはっきりと発想記号などを盛り込まずに、演奏者の練度に応じて装飾を入れるよう指導したのに似ている[7]

13小節

 ショパンの装飾音は原則、拍の頭に合わせて奏するらしい[2]。これは幾度か試みたことがあるのだけど、何か気持ち悪くて拍の前に打鍵する演奏法に戻ってしまう。拍頭と同時の装飾音はハラシェビッチのノクターン19番が印象に残っているのだけど馴染めない。
 それはそうと、この装飾部分、21小節の第3変奏も同じ形をしている。主題のアウフタクトと1小節、第1変奏の5小節、第2変奏の13小節、第3変奏の21小節と変化を望むのであればここは前打音のGのないアレンジ無しのバージョンにした方が良いのではないかと思う。

14小節

 ☆8bのアレンジを弾く場合。右手第3音のCは2指で弾くのだが、この2音後で同じ音を1指で弾くため、2指がキーの上に残っていると邪魔になって弾けなくなる。押したらすぐに指を上げること。

16小節

 11のアレンジを弾く場合。指示とは異なる指使いになるのだけど、譜例の赤で囲った部分、BHCCisDEsEGの並びでBH及びEsEのところを22, 33と同じ指で滑らせて弾く。かなり速く弾かないといけない部分なので少しでも時間を短縮できるようにした。この指を滑らせる際、指を寝かせていると鍵盤に力が伝わらず音が出ないことがあるので指を立たせた方が良い。

18小節

 右手の4連符。毎回テキトーに弾いている。 ウィーン原典版にこうやって弾くのはイカンぞっていう指示があった気がするんだけど、ウィーン原典版は持っていないのでちょっとわからない。こういうときに図書館に置いてあればいいんだけど、そう都合の良いものでもない。

23小節

 右手の装飾部分最後のD。このD音は出来るだけキーの手前側を指を立てて押す。指が寝ていると隣のEを一緒に押してしまうため。

24小節

 左手5拍~6拍目のFをタイでつなげた。このタイでつなげた先の6拍目でペダルを完全にオフにする。3拍目で押したBが途切れることになるのだけど、一瞬だけなので気にならない。それよりも右手の装飾音がはっきりと聞こえる方を選んだ。また、その直後に7拍目でベースのEsを弾くのでどうということもない。
 ちなみにこの小説、譜例の外に17aというアレンジが書いてあるのだけど、3度の和音が半音階下降で凄い速さで降りてくるというもの。難しくて弾けないし、河合優子の録音[3]を聞いてもそれほど素晴らしいとも感じなかったので、これを頑張って練習するくらいならエチュード25-6とか前奏曲24番練習しますわ、といってスルーした。

27~32小節
 27小節がppで始まり、27小節後半でdolciss.(ドルツィシモ)となる。この27小節10拍目から28小節6拍目が最もテンションの下がる部分。ドルチェにシモが付いているので物凄く甘ったるく弾く。28小節7拍目のEsにはアクセントが付いている。
 ショパンのアクセントの書き方は独特で、デクレッシェンドと区別が付きづらい。これはわざとそういう書き方をしていて、ピアノは打鍵した瞬間から減衰が始まりデクレッシェンドを短く切り詰めたものがアクセントであるとどっかで読んだ気がする。 月刊ショパンのショパンコンクール特集の回だったような気がするけど購読してないので確認できない。
 それとは別に、ヘアピン型のクレッシェンド、デクレッシェンドはテンポの揺れを表すという人もいる[9]。長いアクセント記号を時間をかけることでその音を主張するという意味のアクセントと見做すこともできる。
 どういう解釈が良いかは、実際演奏して聴いてみて良いと思う方法をとればよいと思う。
 ともかく、このEsが消え入るようにして28小節目は過ぎ、29小節目でpになる。29小節目後半でクレッシェンド、30小節目冒頭でcon forza力強く、この時点で音量はf相当になる。30小節9拍目でアクセントが付いているのでここで一旦音量は極大となるが、続く小節最後でstretto加速し緊張感を高める。そして、32小節目でffとなる。
 このようにしてこれまで甘ったるかった演奏がコーダで豹変する。

30小節

 譜例では9拍目からオクターブで弾くようになっているが、コルトーは「求められるクレッシェンドは、これらの少しか細い上声音では表現し難い。次のようにオクターヴにすることをすすめる。[4]」と6拍目からオクターブにすることを提案している。

30-31小節

 左手の赤で囲ったベースの音は半音階の上昇であることを意識すること。この部分、右手がオクターブの半音階進行であることの対比となっている。

31小節
 ※11拍目左手F。5指でFを押さえ、1指と2指でEsとCを押さえるのだが、黒鍵のEsを1指で押さえるには鍵盤の奥の方まで手を持っていかなければならない。このポジションで12拍目のFEsCを抑えようとすると付近の黒鍵を一緒に押してしまうことになる。EsとCから1指と2指をすぐに離して、Fを5指で抑えたまま指を滑らせて鍵盤の手前までポジションを移動する。この邪魔な黒鍵のない位置から悠々とFEsCを1,2,3指で押さえれば良い。

32小節カデンツ

 ☆3度あるいは2度の半音階下降の部分。4指のタイミングで指くぐりが発生する構造になっており、指くぐりに失敗してミスタッチとなることが多いので4指の打鍵に物凄く意識を集中して弾くこと。コンパス弾きでミスタッチを減らせる。
 また、音階を下ってくるに従い腕の位置が右側から体中心付近に移動してくる。すると体の姿勢が変わってくるため、それに合わせて弾き方を変えていく必要に迫られる。それを避けるため、下降に従い体を左に動かして手と体の位置関係を保っても良い。

参考文献
[1]河合優子, ショパニッシモI ~「ナショナル・エディション」によるショパン集~, (2006)
[2]不破友芝, 楽譜の風景
[3]河合優子, ショパニッシモ第2集, VICTOR ENTERTAINMENT(2007)
[4]Alfred Cortot, ショパン・ノクターン第1集, 全音(2008)
[5]河合優子, Lento con gran espressione, BeArTon(1999)
[6]青柳いづみこ, ショパン・コンクール, 中央公論社(2016)
[7]村上隆, ピアノ教師バッハ 教育目的からみた《インヴェンションととシンフォニア》の演奏法, 音楽之友社(2004)
[8]岡部玲子, ショパンの楽譜、どの版を選べばいいの?, ヤマハ(2015)
[9]セイモア・バーンスタイン, ショパンの音楽記号 -その意味と解釈-, 音楽之友社(2009)

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