ショパンのノクターン15番Op.55-1を録音したので例によって演奏解説を書く。楽譜は基本的にナショナルエディションを使った。ナショナルエディション自体の解説については20121008に和訳したのでそちらも合わせてご覧ください。
テンポについて。
Andanteと書いてあるので76~108BPMとなる。108だとかなり早く感じる。CDだと76よりも遅いんじゃあないかという録音ばかりだというのが気になる。終始一定のテンポである必要はないのだけど、テンポを揺らすのならそれなりの根拠が欲しい。テンポの指示はそこそこ頻繁にあるのでそれに従うだけで十分聴ける演奏になる。
どの早さで弾くかは人それぞれだけど、速度を決定する基準としてその曲でもっとも技術的に困難な部分を弾ける速度というのがある。もちろん、どこが難しいかは人それぞれなので断定するのは良くないのだけど、僕の場合は46小節の装飾音。
このスタッカートをちゃんと表現しようとするのがこの曲における技術的難所。ちなみに録音ではスタッカートにできておりません。
曲の構造について
ショパンのノクターンはA-B-A'-コーダの形になっていることが多い。この曲もその例に漏れない。ただし、Aは変奏曲の形態をしており、前半で4回、後半で1回とアンバランスになっている。
変奏は譜面上においれそれぞれ微妙に変化しているが、本当に微妙なので漫然と聞いていると同じに聞こえる。これをそれぞれ違って効かせるのがピアニストの仕事。勝手に音を増やしても許されるんじゃあないかな。
装飾音
ショパンの装飾音は拍に合わせて弾くというのが原則だそうな。とはいっても、世の中この原則は守られていないことの方が多い。ショパンの装飾音については楽譜の風景に詳しく書いてあるのでそちらを読んでもらいたい。
上の譜例6~8小節だとトリルの後のAを4拍目に合わせて弾く。7小節目のアルペジオはBを3拍目に合わせて弾く。8小節目最初の装飾音のAsは1拍目に合わせて弾く。と、こんな感じ。
上の譜例15小節だと、わざわざ親切にも点線で右手のBと左手のCを同時に弾くようにと表示してくれている。でも、これどうやって弾いたらいいのか分からない。手元にある音源を全て聞き比べてみたけど、この弾き方をしているピアニストはおらず、結局自分でも旧来通りの弾き方になった。
ベース音
Aの主題と変奏で左手ベース音が4分音符のときは全てスタッカートがついている。同時にペダルの指示もあるが、当然ながらスタッカートを表現するならペダルべた踏みとはいかない。適切なペダル開度を探しながら演奏することになる。
それでは初めから順を追ってテキトーに解説していく。
6小節
最初のとりあえず主題を1回弾いておく部分。変奏ごとに4拍目が次のように変化する。
全部スタッカートがついている。このスタッカートをちゃんと演奏するにはそれなりにゆっくりにしなければならないのはテンポのところで書いたとおり。
ちなみに全音版ではスタッカートがついてたりついてなかったりする。
24小節
変奏が一周して新しい変奏にはいるところ。ritenutoでテンポを落とした上、念入りにフェルマータまで入っている。そして次の小節でin tempoとなり再び曲が動き出す。次の変奏の同じ部分に相当する40小節ではフェルマータは入っていない。
28小節
矢印のついているEsは直後に左手で同じ音を押さなければならないので、ゆったりレガートに弾こうとすると次の音を鳴らせなくなる。短く切ってペダルでテキトーにごまかすべき。ちなみに別の変奏となる44,76小節は左手でEsを押さえないため弾きにくくはなっていない。
45小節
右手を勝手に変奏している。これはBart van Oortの演奏を耳コピしたもの。小林仁がピアノが上手になる人、ならない人で「人のカデンツァを耳コピしてぱくるやつは屑だ」みたいなことを仰ってた。この点は割とどうでもいいじゃんって思うので、気にせず使わせてもらった。
46~48小節
48小節から中間部に入るのでそこで区切るとちょうど良いのだけど、つながりの部分を書きたいので46小節からとした。
強弱について。45小節がフォルテで46小節に括弧付きのデクレッシェンドがあり、48小節の2拍目に再びフォルテがある。46小節の括弧付きのデクレッシェンドは「デクレッシェンドしてもいいよ」ととれる。ということはデクレッシェンドしなくてもよいということか? しかし、仮にデクレッシェンドしなかったとすると、48小節2拍目でフォルテとなるので是非とも48小節1小節目までにデクレッシェンドしておきたい。そんなわけで、46小節の括弧付きのデクレッシェンドはちゃんと表現するか、48小節目頭までに音を弱める必要がある。
ちなみに、全音はここのところ、45小節がフォルテで、46小節は何もなく、47小節の後半でデクレッシェンドとなり、48小節目頭を弱音で弾いた後、フォルテで2拍目に入るという構造になっている。
48~56小節
48小節から中間部が始まる。più mossoと指示があるので少しだけ早くする。この速度は68小節まで続く。ここで注意したいのが、テンポが少し速くなり、荒っぽい曲調になったからといって演奏まで荒っぽくならないこと。48~56小節と57~68小節とでは曲調が変わるが、どちらも同じテンポであることを忘れてはいけない。
48~56小節の3連符のユニゾンはリズム感を失いがちだけど、ちゃんと1拍に3音ずつ入れてリズム通りに演奏する。
強弱は48小節2拍目がフォルテで途中起伏があるものの56小節3拍目のピアノに向かってだんだん弱くなっていくというのがナショナルエディションの指示。全音ではユニゾンのたびにフォルテで力を取り戻している。全音の方に近い演奏をよく聞くがナショナルエディションも味があって良い。
56小節
右手最初のアルペジオ付き装飾音は手書きで補足したように弾くのが正しい。
2拍目をどう弾いたらよいのかということは決まっていないようで書くピアニストが好き勝手に判断して弾いているというのが現状。
上の2点はナショナルエディションの解説に書いてあった。
57~68小節
左手が三連符と4分音符を交互に弾くことでリズム感を失いやすい。リズム感を失うと右手の対旋律が歪に聞こえるので、逆に右手の対旋律に合わせてリズムを取るとうまくいったりする。
56小節の最後がピアノで65小節頭のフォルテに向かって徐々に音量を上げていく。65小節のフォルテを頂点にして後は緩やかなディミヌエンドで音量を下げていき68小節で最弱となる。68小節3拍目からクレッシェンドがあるが、69小節2拍目のフォルテまでの短いクレッシェンドなので少し鋭く立ち上がるようにクレッシェンドする。
この間、テンポを一定になるよう心がけること。
69~70小節
rallentandoは「だんだん緩やかに」という意味。人によってはかなりフリーダムに速度を変化させてたりする。
71~72小節
strettoといって加速しておいてritenutoですぐに減速する。そして、主題に戻ってtempo primoと最初のテンポに戻る。
この2小節は主旋律と裏拍のベースにスラーがついているが、中声部にはスラーは掛かっていないので、粒さえ揃っていればレガートにこだわる必要もない。かといってスタッカートで弾くのはやり過ぎかもしれない。ここに書き込んだペダルの踏み方をすれば中声部もレガートで弾くことができる。
72小節のリテヌートからフェルマータで主題が始まる、という流れは24小節の相似形を意識している。
77~82小節
これもAの変奏。ここから3連符地獄となりコーダにつながる。
"molto legato e stretto"は「レガートで且つ緊張感を高め加速するのだ!」というような意味。moltoは「でら」とか「とても」とか「げき」とかいった強調の意味だけど、legatoに掛かっているのかlegato e strettoに掛かっているのか判別できない。少なくともレガートには掛かっている。右手の部分は2声なので上と下を別々の音として粒を揃え、レガートにしなければならない。子守歌を弾いたときもそんなことを言ってた気がする。音の強さで2声を表現するのがわかりやすいが、実際に試してみると色々なパターンがあっておもしろい。
84小節
右手4拍目最初の矢印のついているE音。キーの奥の方を押さないと黒鍵に指が引っ掛かって次のBを押せなくなる。
85~88小節
ここから主旋律が左手に移り、右手は分散和音でコードを弾くことになる。エチュードOp.25-5の中間部を思い出す。
89~97小節
左手はほとんどキーを押さえているだけなのでじっとしているだけで世話はない。右手は89小節4拍目からクレッシェンド、90小節4拍目からdim. ed accel.となっており、これが97小節まで続く。音を弱めながら加速していく、ということだが、どの程度かは当然書いていないので演奏者に任される。下品にならないようにしたい。
93小節後半から96小節にかけて同じ音節が7回繰り返される。ノクターンOp.9-2のカデンツァではテキトーに10回くらいかな?とか言いながら弾いたけど、ここはちゃんと数えておきたい。
98~101小節
in tempoなので勝手にテンポをゆるめたりしないように。最後だけはフェルマータがついているので長く保持していいよ。
99~101小節にかけて右手と左手でアルペジオが分かれている。この部分、ナショナルエディションの解説書には「左右のアルペジオをくってけていいよ、特に最後の音は是非くっつけてくれ」みたいに書いてある。なら最初からくっつけて書けよ、と思う。ちなみに全音は全てくっつけている。
ノクターン15番は結構簡単な部類だと思うけど、それでも書くことはたくさんあった。以前よりもまじめに楽譜を読むようになってきたためだとは思うが、ノクターンという曲の性質上、いろんな表現に言及しなければならないという部分もある。エチュードだと技術が一辺倒だったりするからかえって完結にすむかもしれない。
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