ロケットニュースより、プールでオシッコをすると「化学兵器に使用される有害物質が発生する」との研究結果(魚拓)という記事があがっている。
内容は以下の通り。
子供の頃、プールで泳いでいる時にトイレに行くのが面倒で、そのまま水の中で用を足したことがある人は多いだろう。褒められた行為ではないのものの、特に害はないと思っているのなら大間違いである。なんとプールでオシッコをすると、塩素と尿が化学反応を起こし化学兵器にも使用される危険物質が発生するというのだ! ・プールで放尿すると危険化学物質が発生 プールで放尿することによって起こる化学反応を研究したのは、中国農業大学と米パデュー大学の科学者チームだ。まず彼らは、汗と尿に似せた化学成分と中国のプールから採取した水を混合。そこへ塩素を加え反応を検査したところ、尿に24~68パーセントの割合で含まれる尿酸に主に反応し、塩化シアンが発生することが判明したのである。 ・化学兵器にも使用される塩化シアン 塩化シアンは、吸い込むと肺や心臓、中枢神経系に悪影響を及ぼす有害な化学物質だ。塩化シアンはシアン化水素と共に化学兵器の血液剤として使用され、吸入すると血中から酸素を摂取できなくなり死に至るのである。 ・放尿量は平均ショットグラス2杯分 プールで用を足す人の放尿量は平均的にショットグラス2杯分ほど。そして、プール中における尿酸の93パーセントは尿によるもので、汗から生じる尿酸は僅かだという。塩化シアンのほか、トリクロラミンという肺機能を低下させ、目のかゆみや鼻水の原因にもなる化学物質が発生することも分かっている。 ・競泳選手への悪影響は絶大 特に競泳選手の体に及ぼす影響は大きく、彼らに気管支生検を行ったところ、炎症や軽い喘息を患っている人が見つかったというのだ。科学者チームは、「プールの水を分析するまで泳ぐべきではない」と注意を促している。 みんなが「自分一人ぐらいプールで用を足しても大丈夫だろう」という気持ちでいると、結果的にプール内の塩化シアンが増えてしまう。やはり何に関しても “私一人ぐらい” という行動は慎みたいものだ。 参照元:Environmental Health News、Mail Online(英語) 執筆:Nekolas |
プールの水と汗の成分と尿酸を混ぜたら塩化シアンと三塩化窒素が発生したという実験結果。どうしてわざわざ中国のプールの水を使ったか、という疑問が問題の全てではないかという気がしてならない。
実際に、プールの水とおしっこが反応して塩化シアンが発生するのなら興味深いと思い元の論文をあたってみた。
論文はVolatile disinfection byproducts resulting from chlorination of uric acid: Implications for swimming poolsというもの。内容によっては全訳するつもりだったけど、反応に関する説明がなく、北京のプールと他の地域のプールの水、水道水、蒸留水での対照実験もせず、プールの成分分析もいい加減とあって、全訳する価値はないとして論文へのリンクだけで済ませておく。15N尿酸による追跡調査なんかよりもプールの水を調べろって。
とはいえ実験手順くらいは訳しておこう。124行より。
実験手順 実験はpH7、25℃の0.01Mリン酸緩衝液で行った。塩素化は250mlフラスコでよく撹拌しながら進めた。次亜塩素酸ナトリウム水溶液(Cl2:1000mg/L)を尿酸水溶液に加えた。加水分解による影響を排除するため、尿酸水溶液は水に混ぜて3日経ったものを使った。反応容器には液をイッパイまで入れてシールして空きスペースをなくし、発生した揮発成分が出来る限り気相に出てこないようにした。フリーの塩素はDPD/FAS滴定(MIMSのDBPs揮発成分分析法)で定量した。 体液に似せた液(BFAs)は、蒸留した人間の体液として知られている成分をイオン交換水で希釈して調整した。BFAsは表S3のリストを使った。BFAsには尿素、15N尿酸、クレアチニン、ヒスチジン、グリシンが含まれている。次亜塩素酸ナトリウムの濃度を振ってBFAsを塩素化し、DBPsで60分間分析した。 北京の気密性の高い室内公共プールで水深20~30cmのあたりの水を採った。採取するボトルはヘッドスペースの空いているプラスチックボトルを使った。これらのプールの水は水道水から供給しており、日常的に塩素化を行っている。これらのサンプルを実験室に移送してDPD/FAS滴定とMIMSで2時間以内に分析した。ボトルは紫外線に対して不透明なものを使った。これらのプールの水に塩素あるいは尿酸の濃度を上昇させた複数の条件で実験を行った。そして、これらの条件ごとの反応を調査した。 |
結果と考察が続くけど、面倒なので訳はここまで。
上記部分で分からないところ、不明瞭なところがあり、少し調べたりもした。
取り敢えず、表S3って何だ? 見つからん。
体液:ロケットニュースが参照している元記事Environmental Health Newsによるとmimic the chemical composition of sweat and urineとあり、これがロケットニュースにある汗と尿に似せた化学成分のあたるのかな、という気がする。では論文の方はどうなっているかというと、Introductionにconstituents of human body fluids, including urine and sweatと「尿素と汗を含む人間の体液の成分」となっており、やっぱり体液ってなんだよ、ということになる。エリート塩か?
フリーの塩素といった場合、水に溶存しているCl2のことなのか、塩が溶解して発生するCl-のことなのか。日本語だと、「塩素(Cl2)」「塩化物イオン(Cl-)」と違いを表記するのが普通だけど、そうじゃない場合は文脈で判断する。この論文だと"free chlorine"となっており、「塩素(Cl2)」なのかなという気がする。
MIMSってなんだ?と思ったが、IntroductionにMembrane introduction mass spectrometry (MIMS) としっかり書いてあった。読み飛ばしとった。メンブレンインレット質量分析とはマススペクトロメトリー関係用語集によると溶液または大気中から分析種(analyte)をイオン源に直接導入できる半透過性の膜上分離器(membrane separator)を用いた質量分析の技法。メンブレンインレット質量分析(membrane inlet mass spectrometryu)あるいはメンブレンインターフェイス質量分析(membrane interface mass spectrometry)とも称する。だそうな。マススペクトロメトリー関係用語集は一通り読んだはずなのに全く思い当たらんかったのは残念だ。
結果と考察が後に続くけど、どういう反応が起こっているかという考察がないため読む価値がない。
結果として、塩化シアンと三塩化窒素の濃度が次のグラフの通りに変化したということが書いてあるだけ。
一応最後の方(338行)にSwimming Pool Water Analysisとプールの水の分析をしている風に見せかけているけど、塩化シアンと三塩化窒素は殆ど含まれていないよ、とあるだけ。
ついでに、換気するとこいつらの濃度が下がるからプールはちゃんと換気しましょう、みたいなことが書いてある。北京で換気って、市内には毒ガスが蔓延してるけど大丈夫ですか?
以上より、北京在住者以外には役に立たない研究結果であることは間違いない。ロケットニュースもEnvironmental Health Newsも「中国のプール」と明記しているので、読者には「それが一番の原因だろ、明記しないでも分かれよ」と言っているように思える。