先日、酢酸を使ってpHを調整しようと考えたのだけど、酢酸の濃度とpHってどうやって計算で求めたんだっけ、とかなり基本的なところで躓いた。そんで、ネットで調べれば濃度とpHの関係性のグラフくらい見つかるだろうと思ってググったのだけど、見つからない。折角なので、自分で計算してグラフを作ろうと思った。
あまり基礎的な部分の説明はしたくないのだけど、やっていることがあまりにも初歩的なのである程度は説明しておかないといけないかなと思う。緩衝溶液を作るわけでもないので、それほど多くのことは説明しないで済むし。
酢酸は水溶液中で次のように解離する。
このとき酢酸濃度[CH3COOH]と酢酸イオン濃度[CH3COO-]と水素イオン濃度[H+]は酸解離定数Kaを用いて次のように一定の値となる。なお、モル濃度を表記する場合、[CH3COOH]というふうに鉤括弧で括る。
Kaの値はかなり幅のあるものなので、-logを表す"p"をつけてpKaと表記することが多い。ちなみに酢酸のpKaは大体4.7と覚えてるんだけど、資料によって結構まちまちで、4.57[1]、4.74[2]、4.75[3]、4.8[4]などちょっとググっただけで色々出てくる。取り敢えず、ここでは4.7としておく。
一方、水の自己解離という現象があり、水は下のようにH+とOH-に一部解離する。
この反応は酢酸の場合と同じように一定の割合で起き、自己解離定数Kwという数値で表現される。
KWの値は25℃のときに10-14と決まっている。
この2つの式を解いて[H+]を求めるのが今回の目的である。
酢酸及び酢酸イオンの表記について、いちいち化学式で書くのは面倒なので、酢酸(CH3COOH)をAH, 酢酸イオン(CH3COO-)をA-と書くことにする。ちなみにAはacidの略。したがって、Kaについての式は次のように書き直される。
酢酸の全濃度をCとすると、
従って、②は次のように書き換えられる。
この①と②'を解くと次の3次方程式が得られる。
この式の求め方は後述する。この式を解いて、横軸をC、縦軸を-log[H+]とすると次のグラフが得られる。
これが、酢酸の濃度とpHの関係である。
ただし、原理的に高濃度のpHは値自体が実用的ではないし測定値も信用できない。というのは、水素イオンとは言うものの実際はH3O+のことを指しており、これは酸に含まれるプロトンが水と結合して、酸から解離することでできる。だからpHを議論する際は溶媒として十分に水があるという前提があってのことで、水が十分なければH3O+にならず、酸が解離することもない。濃硫酸を金属のタンクに入れてもタンクが腐食しないのはこのためである[5]。液に含まれる水の濃度から無理にpHを求めることもできそうな気がするかもしれないけど、水素イオンの正体がH3O+のみならず、一般的に[H(H2O)n]+で表される[6]ことを考えると尋常な方法ではできないのではないかと思う。
濃厚な液の場合は酸度関数という概念を使うためそういう領域でのpHを考えること自体不毛である。
そんなわけでpH曲線の高濃度側の端っこは信用できない値であるけど、どうすることもできないのでそのままにした。
導出
この連立方程式を解く。 [H+]は水の解離によって生じるものと、酢酸の解離によって生じるものがある。水の解離によって生じるものは[OH-]と同じ数だけあり、酢酸の解離によって生じるものは[A-]と同じ数だけある。
[H+] = [OH-] + [A-}]
[A-]を左辺にする [A-] = [H+] - [OH-}]
②'の[A-]に代入する
①よりなので、これを代入
あとは式を整理すると完成する。
3次方程式は解の公式で解いた。自分でカルダノの公式を解くのは大変だったので、こちらにあるエクセルファイルに手を加えて求めるようにした。
下に置いたエクセルファイルを見てもらうと分かるのだけど、3つの解があって、1つは正の数、一つは負の数、一つは0となっている。0とは書いているけど、実際はKw、つまり10-14に依存するすごく小さな値であり、厳密には0ではないけど、限りなく0に近い値である。エクセル上では10-16よりも小さい値なので0と見做される。Kw=0としてしまうことで2次方程式に次数を下げて近似することが出来る。pHを手計算するときはこういった近似を利用すると便利である。
いつものように計算に使ったエクセルファイルを上げておく。
酢酸のpH.xlsx
pKaの部分は数値を好きに弄れるようになっているので、酢酸以外の解離定数を使いたいときにも対応できるようになっている。
参考文献
[1]第3節 電離平衡, 啓林館
[2]https://w3pharm.u-shizuoka-ken.ac.jp/analchem/_src/sc3091/ph93h92e894z95z97p.pdf
[3]John McMurry, マクマリー有機化学(中) 第4版, 東京化学同人(1998)
[4]山縣和也, 酸と塩基・代謝概要(2013)
[5]G.D. クリスチャン, クリスチャン分析化学Ip149, 丸善(1989)
[6]F. A. Cotton, G. Wilkinson, P. L. Gaus, 基礎無機化学 原書第3版, 培風館(1998)