シリコンアルコキシドの加水分解・脱水縮合の反応について(酸触媒)

 シリカのゲル化に関して、シリコンアルコキシドの酸触媒での加水分解・脱水縮合の反応機構について調べた。

 シリカについて勉強したければTHE CHEMISTRY OF SILICAが鉄板だと聞いて少し繙いてみた。シリカについては相当詳しく書いているようだが、アルコキシドの話は触れていなかった。ケイ酸(Si(OH)4)には言及があるので、全く無用というわけではないけど、取り敢えず加水分解については参考にならなかった。

Si(OHR)4加水分解は以下の順で水分子の水酸基と交換しながら1つずつアルコキシル基が脱離していく。
(1) Si(OR)4 + H2O → Si(OR)3(OH) + ROH
(2) Si(OR)3(OH) + H2O → Si(OR)2(OH)2 + ROH
(3) Si(OR)2(OH)2 + H2O → Si(OR)(OH)3 + ROH
(4) Si(OR)(OH)3 + H2O → Si(OH)4 + ROH

 シランカップリング剤というのはアルコキシ基の1つないし2つがアルキル基になっているものである。
 作花済夫によると、この反応が進行するにつれ、系中の水分子が減っていくので(1)→(4)の順で反応に時間が掛かるようになる[1]
 溶媒を水にして水分が大過剰な条件で反応すれば、擬一次の反応と同じに水の濃度を定数として扱うことができる。従って、速度の減少は起こらないのではないかと思うわけである。
 まさにその通りで、テトラエトキシシラン(TEOS)の場合、系中の水分の量がTEOSの4倍以下で(1)の反応が優先的に起こり直鎖状の重合体となる。5~20倍のときは加水分解反応はもっと際まで進んで、重合によって粒子が生成される[3]。このことはX線小角散乱[4]~[6]及び29Si NMR[5]~[9]からも確認されているとか。
 一方、吉沢武は次のように書いている[2]

 一般的なシランカップリング剤ではアルコキシ基等の加水分解性基を一分子中に3個有する。この3個の加水分解加水分解速度については次式で示されるように最初の1個がシラノールになるのが律速段階となり、引き続き起こる第二、第三の加水分解は迅速に進行するためモノシラノール体ではなくトリシラノール体がNMR等で観測されることが報告されている[10]

 作花と吉沢では逆のことを言っているように見えるが、これは反応条件を分かりやすく明示していないだけである。水分が多くなれば、作花も(2)~(4)の反応が起こると言っており、吉沢は水が過剰にある条件で表記している。緒言に「水溶液を調整する際」と記述しているので、そのような想定で書かれていると見て良い。
 しかし、ここで吉沢は第二、第三の加水分解は迅速に進行することについての説明はしていなが、下で説明するようにこの反応がSN2機構で進行することを考えれば、最初の加水分解律速となり、立体障害の小さい第二、第三の加水分解の方が速く進むことは理解出来る。
 シランカップリング剤は酸触媒によって以下のように加水分解反応が進む[2][3][11]
①アルコキシドの酸素にH+が付加。
プロトン化した部分とはSiを挟んで逆側から水の酸素が攻撃。
③遷移状態を経てプロトン化した部分がアルコールとなってSiから脱離。
④水由来のH+が脱離。

 他のOR'も同様に脱離していき、最後にはSiに直接結合しているアルキル基と水酸基だけになる。
 ちなみに、塩基性触媒では水酸基が中心のSiに付加して5配位中間体となってアルコールが脱離するという全く異なった反応をする。
 ここまでが加水分解
 続いて、脱水縮合の反応。
 脱水縮合は2つのOH基からH2Oが脱離して、残ったOで架橋する構造になる。しかし、世の中の多くの化学者、特に無機の方々はあまり深く考えていない節があって、どういう反応か説明せずにH2Oが抜けるから他の部分が結合して脱水縮合すると短絡して表記する文献が多い。唯一見つけたそれらしい説明は本質的には開始期と同じ反応機構に従うという記述である[12]。つまり加水分解と同じSN2反応ということ。

 以上が酸触媒によるシランカップリング剤の反応となる。
 引き続きSN2反応に必要なエネルギーについて議論したいところだけど、とりあえず今回はこれまで。

参考文献
 [1]作花済夫, ゾル‐ゲル法の科学―機能性ガラスおよびセラミックスの低温合成p156-157, アグネ承風社(1988)
 [2] 中村吉伸, 永田員也, シランカップリング剤の効果と使用法p16-20, S&T出版(2012)
 [3]横尾俊信, 神谷寛一, 作花済夫: ゾルーゲル法による機能性材料の合成, 日本金属学会会報, 27, 775 (1988)
 [4]M.YaMane, S.Inoue and A.Yasumori:J.Non-Crystal. Solids, 63(1984), p13.
 [5]C.J.Brinker, K.D.Keefer, D.W.Schaefer, R.A.Assink, B.D.Kay and C.S.Ashley:J.Non-Crystal. Solids, 63(1984), p45.
 [6]K.D.Keefer:Mat. Res. Soc. Symp. Proc., Vo.32, "Better CeramicsThrough Chemistry", Ed. by C.J.Brinker, D.E.Clark and D.R.Ulrich, North-Holland, (1984), p15.
 [7]L.W.Kelts, N.J.Effinger and S.M.Melpolder: J. Non-Crystal. Solids 83(1986), 353.
 [8]B.D.Kay and R.A.Assink: Mat. Res. Soc. Symp. Proc., Vol.73, "Better Ceramics Through Chemistry II", Ed. by C.J.Brinker, D.E.Clark and D.R.Ulrich, MRS, (1986), p157.
 [9]T.W.Zerda, I.Artaki and J.Jonas: J. Non-Crystal. Solids, 81(1986), 365.
 [10]E. P. Plueddemann, "Silane Coupling Agents Second Edition", Plenum Pres, New York(1991) Chap. 3.
 [11]山田文一郎, 高分子技術レポート Vol.7, YAMAKIN(2013)
 [12]永長久彦, 溶液を反応場とする無機合成, 培風館(2000)