シンフォニア15番 演奏解説

 シンフォニア15番の録音を行ったので、例によって演奏解説をする。例によって技術偏重な解説なので、小難しいことはバッハ インベンションとシンフォニーア 解釈と演奏法あたりを参考にしてもらうとよいと思う。
 チェルニーがあんまりにも詰まらなくて進捗がないので、潤いを求めてバッハに手を伸ばした。チェルニーみたいに極を褒めるために回りくどい説明などする必要はなく、良い曲だから良いのだと断じてしまえる。矢張りバッハさんは天才だなあと思う次第である。
 これまで我慢して地道にチェルニーを練習してきた成果が出ており、これまでよりも速く譜読みが進んだと思う。チェルニーのおかげというよりも、手元を見ずに練習する訓練の成果という面が強いのだけど、一応チェルニーでその様に練習したので、チェルニーの成果であると言っておく。
 この曲はある程度弾けるようになると、それ以上完成度は上がらなくなってくる。その日の練習によってクリアできるようになった部分も次の日には再び弾けなくなってしまう。それでも一応ちょっとずつ上達するのだが、毎日練習成果が殆ど消えてなくなってしまうというのはやりきれないものがある。なんとか練習成果を留めておこうと、こうすると良くなるというような類のことを楽譜にメモしておくのだけど、その日の訓練によって指が動くようになったとかだとどうしようもない。
 そんなわけで、テキトーなところで見切りをつけて録音してしまうことにした。
 楽譜は全音版を使った。

・テンポについて
 市田儀一郎によるとAllegretto付点8分音符で85bpm[1]というのと、Moderato[2]の2種類がある。後者が1971年で前者が1987年なので、この16年のうちに気が変わったのだろうか。Moderatoの方は「Moderatoが適当と思われる」とちょっと弱い表現をしているのに対して、Allegrettoの方は「テンポはAllegretto ±85」と断言している。この16年の間に何かしらの確信を得たのだろう。
 どちらが良いかというのは演奏者の好きにすればよいことなので、あんまり追求しても仕方がない。ただ、Allegrettoは相当速い。 グールドの演奏が大体これくらいかもうちょい速いくらい。感想に"that is an insane tempo"とまで書かれるくらいに速い。
 つべを見ていて感じるのはAllegrettoに近い速度で弾く人が多いということ。みんな速いのが好きだなあ。ちなみに僕も速い方のテンポで弾いてる。
 遅いテンポだとSally Christianがある。こちらは解説付きだけど、英語で喋ってるので何を言ってるのか分からない。

・強拍上のトリル
 2、5、18小節に括弧付きでトリルが付けられている。括弧付きなので弾いても弾かなくてもよいと解釈している。
 その前の音が必ず2度上の音だけど、強拍上で倚音的正確の箇所なので、上隣音から始める[3]とのこと。
 速いテンポで引く場合はトリルにしてる余裕がないので、みんなスルーしてる。一応、どれも4分音符分の音価があるのでやろうと思えばトリルにもできるとは思うけど、みんな揃ってトリルにしていない。実際に、トリルで弾いてみるとこれも悪くないと思う。32分音符の速さで無理なく弾けるので、採用するかどうかは別としてトリルにするとどう変わるかを確認する意味でも一度はやってみるとよいと思う。
 ちなみに、Gergely Szokolayはトリルにしている。

主題とか

 上の譜例に示したように主題aと対旋律b、分散和音の結句cがある。また、bを少し改変したb'がある。このbの改変はインベンション1番を想起させる。インベンション1番を説明する機会があればこのことも書いておきたいと思う。
 cの結句について。市田儀一郎によると、主題とその後続主題とのあいだにあって、先行主題の終わりと後続主題の冒頭を結ぶ極めて短い楽句がある。これはただ単に間句というよりは、後続主題の登場に際し、和声的な昨日とよりよい連結を目指し、そのうえ、間奏の材料として新たな展開要素を備えている、という特別な働きを持つものである。[2]とのことである。このエントリーでも結句と呼ぶことにする。
 この主題は16分音符3つの塊が3つで構成されている。3つごとの16分音符は始めの1音と続く同じ2音となっており、レガートにするかノンレガートにするか、はたまたスタッカートにするかと色々弾き方はある。3音の反復によってフレーズが作られているだけど、この3音の弾き方は特別な事情がない限りは曲全体を通して統一するべきである。

1小節

 左手最初のHから次のHまで8度の距離がある。この曲は付点8分音符の後に8度の跳躍がよく現れるので、このことを認識しておくと譜読みが楽になる。

2小節

 ◎右手の最初のCis。ここに限ったことではないんだけど、手の中心から離れた位置にある黒鍵を5指で取るときは指を真っ直ぐ伸ばす。指を曲げているとキーを押したときに指の黒鍵からはみ出た部分で隣の白鍵を押してしまう。

3小節

 ※右手。1~3拍目のDHDのポジションから手を移動させずに続く1オクターブ上のHを押そうとすると、白鍵の上で5指を伸ばしてHを取る形になる。手が十分に大きくないとHを斜め上から押す形になって隣のAのキーを一緒に押してしまう。これを避けるためには面倒でもちゃんと右の方にポジション移動してキーを真上、あるいは手前から押すようにする。

5小節

 手元を見ずに弾くために:✡左手。このCisの位置を離鍵後も覚えておく。次の6小節最初のDはこの半音上なので。

7~11小節

 h moll→E dur→A dur→D dur→G durと毎小節転調して5度ずつ下がっていく。左手の対旋律は8度の跳躍を繰り返して低い方向に移動していく。

8~9小節
 8小節から9小節に移るところの右手。EHHを534と指定の指使いで取ると凄く弾きづらくてミスタッチしまくったので、533とし、9小節最初の和音を52で取ることにした。指定の指使いだと、8小節から9小節に移行するときのH→Aを4→3で取る際、鍵盤の奥の方で押さなければならないので、Aisの黒鍵を跨いで4→3と取ることになる。しかも3指は黒鍵と黒鍵の隙間を押さなければならない。これは相当命中精度が下がるわけである。

11~13小節

 3拍ごとに和音が変わっていく。I→VI→II7→VII→V→I7→VI→II7→VIIという順。(I→VI→II→VII)という進行をVを挟んで繰り返す形になっている。
 (I→VI)-(II→VII→V)-(I→VI)-(II→VII)と表記してみる。括弧で囲んだ中は6度の上昇、カッコの間の-は5度の下降を表す。このように6度の上昇と5度の下降によるコード進行となっている。

16小節

 *最後の2拍。普段練習するときに、できるだけ楽譜を見て手元を見ずに弾けるようにする訓練の一環として、手元を見るポイントを楽譜に"*"を書いて示している。この部分は遠くに跳躍したり指使いが複雑だったりするわけではないのだけど、手元を見るようにしている。右手と左手がかなり近づくため、左右の手の接触を恐れて思い切った動きができないことに気付いたためである。また、接触すると異常なものを触ったと認識して一瞬戸惑って演奏が止まってしまう。
 手を見ていれば接触も予想できるし、仮にポジションが動いてしまっても次に押すキーがどこにあるのか分かるのである。しかし、実際に手元を見て弾いてみると全然接触しない。手の正確な位置が分かるので無意識のうちに巧妙に接触を避けているようである。

19小節

 *右手。H→Fisの跳躍。指くぐりしたポジションではFisの次のHを5指で押すのは難がある。Hを押している1指を跨いで2指でFisを取るために手を左側に向けることになるのだが、そうすると5指は次のHを押しづらい位置取りになるためである。
 Fisを押し始めると同時に手を正面に向ける自然なポジションに戻し、Hを押すときには5指を下ろすだけでHを押せるようにする。あるいは、この指跨ぎを完全にやめてしまって、Hを短く切って手全体を移動させるポジション奏法[4]で弾く。

20~26小節

 7小節~11小節と同様、ここでも毎小節5度ずつ下がっていく。一方左手の跳躍は1度、3度、8度と雑多である。

28小節

 旋律が交差するポイント。この曲では難所なんだと思う。上の譜例にある通り左右の手を適当に振り分けて弾くように書いてある。つべの動画を見ると、音を左右の手に振り分けたりせずに手を交差する人を多く見るので、おそらく原典版なんかだとこういった小細工は書かれていないんだと思う。
 この楽譜では左右の手を振り分けた上、音の重なる部分の片方をカッコで示すことで弾かなくてよい様に表記している。僕の場合は左右の手を振り分けはしたけど、カッコに示した音を抜くと音の流れがかなりいびつになってしまったので、同じキーを左右の指で同時に押すようにした。
 音を左右の手に振り分けると弾きやすくなるけど、デメリットとして旋律が見えづらくなることである。この点をどうにかクリアしなければならない。やることは旋律ごとの特徴を維持しながら受け持つ手を変えるということ。ここでは2つの旋律が同時に流れるのでそれぞれ別の特徴をもたせて弾く。例えば、音の強弱、レガート・ノンレガート、打鍵のタイミングを僅かにずらなどで表現して別の旋律であることをアピールしなければならない。これらの声部ごとの特徴の違いはこの28小節だけ表現すれば良いのではなく、11~13小節、26~27小節での応答でも一貫した表現としなければ整合性がとれない。

31~32小節

 32小節右手最初のFisを左手で取ることで、(Ais-Fis)から(Fis-Ais)の移行をレガートに見せることができる。始めのFisを少し長めに取ることでAisを離鍵したことによる音の消失を目立たないようにすることでレガートに見せかける。そのために、31小節で左手のEは5指に置き換えなければならない。また、このEを押している5指は33小節最初のDを取るために4指に再度置き換える。
 32小節のフェルマータはぴったり2倍の音価で弾くことにしている。多分それで正しいんだと思う。フェルマータは2倍の長さだって音楽の授業で習った。

36~38小節

 手元を見ずに弾くために:☆36小節左手。最初のFisを押さえているときに1指で次のEの位置を探り当てておく。その辺りをテキトーに弄ると黒鍵と黒鍵の隙間のEとFのある辺りに触れるので、簡単にEの位置を特定できる。
 *36小節右手。できれば手元を見ずに弾きたいところだけど、重音で指の位置が入れ替わるので、慣れないと指とキーの位置関係を即時に認識できずにタイミングがずれてしまったりする。頑張ってこの重音の動きに体を馴致させるのもいいけど、そんなにコストをかけていられないというのなら手元を見てしまえば問題は回避できる。

37小節
 右手のトリル。いろんな弾き方がある。
 市田儀一郎は次の弾き方を紹介している[2]

 一方、村上隆は奏法例として、上とは違うものを挙げている。

 これについては、以下のように説明している。

 また、ウィーン原典版などに示されるスラーをタイに見立てた解釈には、あまり意味を感じません。その理由は、次のとおりです。
(1)装飾音表にもある前打音付きトリルの前打音の部分を実音化したスタイルをとる。そこでは、前打音とトリルの頭がタイで結ばれていない。
(2)ラモー『クラヴサン曲集』1724年(1731年再版)に示されたスラー付きトリルにも、同様の譜例が示されている。
(3)もちろん、ダングルベールやパーセルなど、同様のものをタイで結んだ譜例も残されているが、必ずタイで結ぶような習慣があったわけでは決してない。
(4)タイで結んでしまうと、ドミナント3拍目ソプラノが更に弱い扱いになってしまい、機能が弱められる。

 これらを総合し、スラーの後拍頭から主要音より始める支持であると解釈しています。

だそうである。難しくてよく分からん。
 ちなみに僕は次のような感じで弾く。

 38小節のフェルマータをトリルのところまで勝手に広げてゆっくりにした。ロマン派以降の割と普通な感じのトリルの扱いなんじゃないかと思う。何か拘りがあったりするわけではないのだけど、正しい弾き方を全く調べずにテキトーにこんなんでどうだろうとと思ってこうしたにすぎない。

38小節
 ここで終わりなんだけど。終止線の下にFinisと書いてある。ここまでインベンションも含めて29曲にはこんな表記はない。それどころかインベンションの15番には「この後15の三声シンフォニアが続く」とまで書いてある。つまり、バッハはインベンション15曲に続いてシンフォニア15曲を配置したのである。グールドみたいに再配列[5]することの良し悪しはよくわからない。

参考文献
[1]市田儀一郎, インヴェンションとシンフォニア, 全音楽譜出版社(1987)
[2]市田儀一郎, バッハ インベンションとシンフォニーア 解釈と演奏法, 音楽之友社(1971)
[3]]村上隆, ピアノ教師バッハ―教育目的からみた『インヴェンションととシンフォニア』の演奏法, 音楽之友社(2004)
[4]岳本恭治, ピアノ脱力奏法ガイドブック 2, サーベル社(2015)
[5]Glenn Gould, インベンションとシンフォニア, SONY(1964)