フランス組曲5番のガボットを録音した。多分、フランス組曲では最も有名なナンバー。フランス風の舞曲を集めた曲集なのでそのように呼ばれているけど、別にバッハがそう名付けたわけではないらしい[4]。
バッハを練習する順序としてインベンション→シンフォニア→平均律→ゴルトベルク変奏曲という流れがあるのだが、この中のどこかにフランス組曲を練習するという教室も多いんじゃないかと思う。個人的にはインベンションとシンフォニアと並行して練習するといいんじゃないかと思うのだけど、ただでさえ曲数が多く、いつまで経っても先に進まないからって何曲か摘んで練習することになるのかもしれない。
難易度としてはインベンションと同じか少し優しい。それは、インベンションみたいに色々と難しいことを考えなくても曲になるという部分があるためかなと思う。また、時代的なものもあるのだが、音域が狭いため跳躍が少なく、跳躍するにしても距離が短いので殆ど手元を見る必要がなく、譜読みが捗る。とはいえ、実際弾いてみると結構指を開かないといけないのでなかなか一筋縄ではいかない。
フランス組曲は上に挙げたバッハの他の練習曲と比べて格段に解説書籍が少なく、楽譜の解説ページも貧弱である。色々探してみたけど、少なくとも日本語では禄に見つからなかった。今後、折を見て洋書や論文を探してみることにする。バッハの有名曲が研究されていない訳がないので、何かしらは見つかると思う。見つけたら紹介してみようかと思う。
楽譜は春秋社版を使った。ピアノの先生には春秋社の信者かと思うような方もいるのだけど、僕自身はあんまり好みではない。函に入っていてカッコいいとか思ったこともあったけど、実際使ってみると函は邪魔なだけ。サイズが少し大きいのでスキャナにうまく乗らないし、紙面に占める楽譜の面積が大きいため、コメントを書き込むスペースがなくなってしまう。紙が厚く書き込み易いのだけど、鉛筆で書いた跡の部分は筆圧で大きく沈み込むため、消しゴムをかけてもなかなか消えない。そして、何より解説が全くない。実は、近所の楽譜屋の品揃えが悪くてこれしか置いていなかったので仕方なく買ったという経緯があって、諦めて全音版をポチっておけば良かったと未だに思っている。せっかく買ったんだし1曲くらいこれを使って演奏してみた。
春秋版以外にもクラヴィーア小曲集、祈りのバッハという曲集を持っていてそれぞれガボットが収録されている。クラヴィーア小曲集の方は少しだけ解説があるけど、演奏に際して大して役に立つものではない。
一応、これらの楽譜も解説に登場するので、いちいちタイトルを書くのも億劫なので、[1]春秋社版、[2]クラヴィーア小曲集、[3]祈りのバッハと番号を振って表記することとする。
テンポ
[1]には"Allegro moderato"と書いてあるが、[2]は表記なし、[3]は"Un poco vivace(2部音符=88)"とある。すべての楽譜で違ってるじゃないか。こういうときは原典版が最も信頼できるのだけど、迂闊なことに持ち合わせていない。自筆譜ではどうなっているか調べてみた。IMSLPに上がってるだろって楽観して見てみたら、トップ2つにManuscript(手稿譜)って書いてある。同じ楽譜が2件上がってるのかなと思って両方とも見てみると、別の楽譜である。よく見るとそれぞれに「筆耕人」という項目がある。どうやら、両方とも自筆譜(Autograph)ではなく筆写譜(Abschrift)らしい。しかも、1件目は内容が中途半端で、目的の5番のガボットが収録されてないし。
筆写譜であっても、ないよりはマシかなとは思う。下の図が筆写譜である。文字は汚くて読みづらいけど、音符はきれいに書いている。
この通り、Gavotteとあるだけで速度に関することは何も書かれていない。バッハさんの言葉を代弁させていただくと、「ガボットって書いてあるんだからガボットのテンポに決まってるだろ」とでもなるのかな。
この解答については[2]の解説に「あまり速くない動きの2/2拍子、第2小節目で段落が感じられるような偶数系のリズム単位、2この4分音符によるアウフタクト、8小節づつの二部形態、もっとも短い音価が8分音符であること」とH.C.コッホの言葉を紹介している。
アウフタクトについて
ガボット特有のリズムとして、アウフタクトで始まるということがある。そのため、弱拍で始まる。正しく小節ごとの最初の音が強拍となるように演奏しなければならない。欲を言えば、意識せずにそれができるようになるのが望ましい。
スタッカート
譜例を見ての通りスタッカートが多い。のだけど、[2]には全然付いていない。
どういうことかなと思って上に挙げた筆写譜を見てみると、スタッカートどころかスラーも禄に表記されていない。つまり、オリジナルにはスタッカートもスラーもアーティキュレーションの類は書き込まれていない可能性が高い。バッハの時代にこういった記号がなかったわけではないのは、例えばゴルトベルク変奏曲の扉の折返しに掲載されているオリジナルエディションを見ればわかる通りである[5]。
そんなわけで、スタッカートとかスラーとか書いてあるのは編集者の解釈であると言える。そう考えると全音の[2]はスタッカートはないしスラーも点線で後付と分かるように書いてあって意外に優秀だなと思うわけである。さすが市田儀一郎編である。
それで、結局のところスタッカートなしのレガートで弾いたら良いのかといったらそんなことは全然ない。ガボットは元はと言えば舞曲なので、当然ながらステップというものがある[6]。ステップというのだから曲に合わせて跳ねるわけで、これをスタッカートで表現することになる。ということで、[1]の後付のスタッカートやスラーは解釈版としては何ら間違っていないのである。
4小節
右手前半から後半に映るところ。G→Hは10度の跳躍となる。このときにちゃんとポジション移動しておかないと次のHGを上手く掴めなくなる。
15小節
☆手元を見ずに弾くために:右手H→Eの跳躍。Esの黒鍵の側面を手がかりにしてEのいちを特定する。Gはその6度下なので、14を6度に開いておけばよい。
18小節
■後半左手。ここで崩れやすいのは4→1の指くぐりとその直後のFisで黒鍵に指を伸ばさなければならないため。それなりに忙しいが、急いでひこうとすると思いほのか速くなり、粒が揃わず右手とも合わなくなる。落ち着いて正しい速度で弾くこと。
20~22小節
●左手が走りすぎないように。23小節頭で右手と左手が合わないのは左手だけ速く弾いてしまうせい。
22小節
✡右手中西部Fis→CをレガートでひこうとするとCはキーの奥の方を押さなければならない。2指で奥の方を押さえたままだと上声部の主旋律が退けないので、キーを押さえたまま2指を手前まで滑らせる。あるいは指を置き換える。ノンレガートで弾くなら敢えて2指で取る必要はない。
23小節
▲右手、結構引きづらい指使い。意識して指を開かないと隣のキーを押してしまう。
参考文献
[1]バッハ集 3, 春秋社(1969)
[2]バッハ クラヴィーア小曲集, 全音楽譜出版社(1991)
[3]祈りのバッハ 名曲16選, 全音楽譜出版社(2009)
[4]Franzosische Suiten, wikipedia
[5]バッハ ゴルトベルク変奏曲 BWV988 (ウィーン原典版), 音楽之友社(1998)
[6]【実施レポ】バロック・ダンスへのご招待, PTNA