ショパン 子守歌 演奏解説


 去年の9月頃に本屋で全音ショパンピアノ作品集というのを見つけて子守歌と舟歌が収録されているということで買った。子守歌はなんとなく弾けそうな気がしたので弾いてみた、というもの。
 ショパンをどのように弾きますか?に表現についてそこそこ説明している。僕の場合はそこまで高いレベルの解説ではなくもう少し技術的な部分に触れたい。
 この曲はショパンの作品ではイマイチメジャーになりきれない感じがするが、重要な作品だそうな。曲の構造としては4小節の主題を変奏させる。ひとつの変奏が非常に短いため区切れよく譜読みが出来る。また、左手が終始同じ形を取るので左手はほとんど練習を要さない。
 テンポについて。テンポルバートである程度テンポが変化するように思われるけど、ベースとなる左手の動きは終始一貫変化するべきではないので、ある一定のテンポを保つように努めなければならない。左手で厳格に一定のリズムを刻みながら右手だけはテンポを揺らしを歌わせる[1]


1-2小節


 最初の2小節は前奏になる。静かな出だしであり、非常に神経を使う。譜例にある通り指使いを変更している。第2音以降を完全にレガートで演奏できる指使いとした。レガートで演奏する際にできるだけペダルに頼らないようにするため。

 最初のDes音の強さだが、第3音でペダルを離したときに最初のDes音が不自然に消えないような強さで打鍵する。第3音のDesが最初のDesの4倍音であり最初の音が4倍音に紛れて聞こえなくなるようにする。かなり弱い音を出さないといけないんだけど、楽器によって音が強くなったり逆に音が出なかったりもするので楽器ごとの特性に合わせた強さで打鍵すること。これは全ての小節で言えることだが、特に1,2小節は右手がないので気をつけないといけない。逆に言うと3~65小節は右手の音で細かい部分があまり聞こえなくなるため、ごまかしがきく。

3-8小節
 この4小節が変奏曲の主題となる。

 この後54小節まで左手はこの2パターンのどちらかとなる(音が欠けることもある)。時々間違えることがあるが基本的に間違えても気付かないことが多いけど、あからさまに不自然になる場所もあるので間違えないにこしたことはない。

6小節目の最後-14小節
 2声になる。2声の演奏は3パターンある。①上声部にアクセントを付ける場合、②下声部にアクセントを付ける場合、③2声を均等に演奏する場合。多分③で聴衆の意識に任せるのが正統な演奏だと思う。僕の場合は敢えて上声部を主張する。
 楽譜には2声を全て右手で演奏するように書いてあるが、適宜やりやすいように左手で音を拾うと弾きやすい。

 13小節目の上声部第2音Desは少し後に下声部の音が重なるため、キーから指を離さなければならなくなる。しかし、3拍目でペダルを離すため指を離すのが早いとペダルのタイミングで音が切れることになる。ここはぎりぎりまでDes音を保持しなければならない。

19小節

 最初のトリル。普通は早いトリルだけど、僕は次の音に繋げるために正確に32分音符で演奏する。かなりゆっくりに聞こえるはず。

22小節

 各拍の32分音符4つの塊、最初の1音と続く3音は別の声部と考える。従って、声部ごとに音量、音色を整える必要がある。

23-26小節
 3度の和音による変奏

 23小節目、☆印を付けた6連符の部分。ここはこの曲で最も技術的に難しいポイント。それ故か演奏者による違いが最も大きい。エチュード25-6とか余裕だぜっていうひとなら問題ないんだろうけど。
 楽譜に書いてあるとおりの音価で正確に弾けるなら問題はない。16分音符から3連符、6連符と音が細かくなっていく。これを徐々に速くなっていくと解釈するか、正確に弾くべきと考えるか人それぞれだと思う。僕の場合は正確に弾こうとするとだいぶ無理があるので徐々に速くする。
 ここで問題になってくるのが左手。次の小節の最初のDesに跳躍する際に右手に集中しすぎると音を外す。各小節の左手の最初の音は左手では最も大切な音なので、これを外すのはフェイタリティーが高い。余裕があるタイミングで左手の跳躍先の位置を確認してくとか、右手の動きを完全に身体で覚えてしまうなりしなければならない。ここはそれなりに練習を積む必要がある。

 25-26小節の3度の半音階進行はしっかりと離鍵しないと次の音が崩れる。

27-30小節
 ここは身体で覚えるしかないので、諦めて練習して覚えましょう。

31-32小節

 3度の変則的な半音階下降。デフォルトの指使いが非常にやりにくかったため全面的に変更した。基本的に1,5指で黒鍵を扱わない指使いにした。
 始めのうちは右手がうまく流れずにテンポが歪になるので、左手を右手の3連符の最初の音に合わせるようにして、慣れてきたらテンポを制御するようにする。

33-34小節

 2声で書かれているので意識する。といっても、かたっぽは延々Asを押してるだけだけど。基本的に1指はAsを押したまま保持しているので手の形が凄く制限される。畢竟1意外の指で3度の進行を弾くことになり非常にやりにくい。うまくやらないと3度の和音が2つある筈が4つの音をいい加減にバラバラに押しているだけになってしまう。

35-36小節

 3和音で進行するのだけど、これを細かいコード進行と考えるか3声と考えるか。どっちでもいいけど、少なくとも最高音が主旋律になるので最高音にアクセントを付けて弾く。
 36小節では3連符がメインになってくる。通常の16分音符よりも少し速いのだけど、息込んで過剰に速くしないこと。落ち着いて落ち着いて丁寧に。

37-38小節
 右手が2声になっている。
 全体がスラーでつづいているが、37小節では各拍の頭が同音連打の形になるため、必然的に拍の最後の音がスタッカートになる。ダンパーを戻さずに同音連打ができる楽器もあるみたいだけど、普通は短く切ることになる。ただし、ある程度ペダルを踏んでいるので聴衆にはよく分からないはず。

39-42小節

 ここのところ、黒鍵は指を伸ばし、白鍵は指を曲げて弾く。黒鍵は指を伸ばして弾くと指と黒鍵の接触面積が広くなりミスタッチが減る。白鍵はそれ自体黒鍵と比較して面積が広いのでテキトーに叩いても当たるが隣のキーに触らないように指先で弾く。
 ここも右手が2声になっている。漫然といい加減に弾いていると下の音がときどき出てなかったりする。なかなか気づかないんだど、その状態を放置しておくとだんだん音が崩れていき、気づいたときにはたいへん酷い音を出すようになっており、指もしっかり動かなくなっている。なので、正確に弾けているか常々意識すること。崩れていることに気づいたら、ゆっくり正確に練習して指の動きを取り戻す。

43小節

 こういうのを綺麗に弾くには地道な練習以外にやりようがない。一応、指使いは楽譜の通り43214321‥‥となるけど、図に示したA,Bの2パターンの動きに分けられる。どちらも指使いは4321なのだけど、隣接するキーとの距離が異なる。4→3の距離がAでは白鍵→黒鍵で半音隣の黒鍵、B では黒鍵→黒鍵で全音隣の黒鍵となる。この距離感を意識して練習する。
 指をくぐらせた次のキーは、A→BはC→Bであり少し距離があり弾きづらい。これを最も動きの悪い4指で弾く、というのがこの部分で崩れやすい理由。肘を外側に向けて弾くことによりそれなりに弾きやすくなる。
 この小節は脱力して均質な音が出るようになるまで練習する。

44小節

 トリルの長さに悩むところ。装飾音のパッセージを見ると3音ずつの3つの塊に分けて書かれている。また、2つ目の塊F,B,Asの最初のFが左手2音目Asと位置をあわせている。これらから考えて、最初のAのトリルが16分音符1つ分、パッセージの各塊がそれぞれ16分音符1つ分と考えるとぴったり埋まる。もちろんそんな数学的解釈でぴったり正確に演奏するものではなく、これはあくまで表記上楽譜を読みやすくするためのものと考えている。
 ここは少なからず荒っぽくなりがちなのだが、2つの方法でごまかす。1つは弱音で弾くことであらを目立たせなくする。もう1つはAsを3回連打する部分。この3連打は必ずしも均質である必要はなく、それ故テンポ上のバランスを取ることができる。
 後半の方の指使いを変更している。譜例に書いているのだけど、薄くて分かりづらいかも知れない。トリルの次、Gを左手で取る。続くAs,Es,Ges,Bを1235で取り、Asの3連打を431とする。指くぐりを完全に排除した。左手取りは最初戸惑うかも知れないが練習するうちに慣れてくる。

45-46小節

 右手と左手を合わせるのに難儀したような気がするけど、ゆっくり弾いけば合うので特に問題とはならなかった。
 ここも2声になっている。譜例に書いているとおり上声部にアクセントを付けている。特に合理的な理由はないんだけど、それがいいような気がしたから。
 技術的な困難が伴うのはここまで。ここまで弾けたなら、残りは難なく弾けるはず。

47小節
 前小節までの煌びやかな音の輝きはこの小節最初Des,Fの和音で収まり、緩やかにコーダに向かって寝入るように下降していく。

55小節

 ここに至り左が変化する。これより先、3拍目と4拍目は同じ音になる。47小節に次いでひとつの意識の変わり目となる。

57-60小節にかけて僅かに盛り上がる。ほんの僅かなのであまり強調してはいけない。強さではせいぜいmpくらい。60小節でささやかな最高潮に盛り上がったあと、61小節からディミヌエンドで最後まで弱く消え入るように演奏する。

63小節-最後

 63小節からコーダとなり、主題が再現されるが、伴奏形は55小節から変化したまま。徐々に消え入るように演奏する。66小節で一度消えたかと思えるがすぐに復活し1小説分弾くと今度は完全に消える。
 最後、この和音にペダルを長く適用するという誤ったフェルマータで演奏するのをしばしば耳にしますが、それは、歪曲した解釈で、この曲の終わり方に相応しいとは言えない表現です[2]。だそうな。どう相応しくないかよく分からないのだけど、確かに楽譜にはフェルマータとかリタルダンドとかは一切書いていない。つまり、最後の音は正しい音価分だけ伸ばしてあっさり爽やかに終われ、ということ。

参考文献
[1]ジャン=ジャック・エーゲルディンゲル, 弟子から見たショパン そのピアノ教育法と演奏美学【増補・改訂版】, yamaha(2009)
[2]レギナ・スメンジャンカ, ショパンをどのように弾きますか?, ヤマハ(2009)