チェルニー40番21

 チェルニー40番の21番を録音した。
 「ツェルニー」なのか「チェルニー」なのかという議論がたまにあったりなかったりするけど、「チェルニー」の方がカワイイからという理由でこちらを採用している。実際のところ、"Czerny"だから「ツェルニー」が正しいだろうと思っていたのだけど、Wikipediaによると、綴りは元はチェコ語でČernyなので「チェルニー」が正しいとか。
 ちなみにチェルニーの描写としてはモーツァルトは子守唄を歌わないが好き。実際の人格とはかけ離れているだろうけど。
 ショパン曰く「チェルニーの練習曲はクソだけど、本人の人格は素晴らしい」とのこと[8]チェルニーの練習曲はメカニズムに特化しており、ショパンの好むような複雑な和声とかはないため、音楽性に乏しいと言われるのは仕方がない部分もある。また、チェルニーは練習曲の作曲において主要部分を自分で書いて続きを弟子に書かせるというような分業をしていたとも聞く。とはいえ、単純であるからこそキャッチーで素人ウケするという場面もある。今回録音した40番の21もその一つだ。他に、26, 34, 40辺りも悪く無いと思っており、気が向けば演奏してみたい。
 楽譜は全音版を使った。

演奏速度について
 チェルニーはどういうわけか指定速度をやたらと速く設定する癖があるらしい。
 チェルニー30番だと、例えば26番は92bpmで2/4拍子、36×2小節なので、36*2*2/92*60=94秒で演奏することになるが、田村宏[1]は1分42秒で演奏しており、指定より8秒遅い。多分、これくらいなら頑張れば取り戻せる。
 チェルニー50番だと、例えば50番は92bpmで2/2拍子、79小節なので、79*2/92*60=103秒で演奏することになるが、神野明[2]の演奏時間は2分6秒となっている。2分6秒でも相当な早さであり、この1.22倍の速度で演奏するとなると人間にできることなのか訝しまれる。
 さて、本題のチェルニー40番の21番だが、104bpmで2/4拍子、32小節なので、32*2/104*60=37秒で演奏することになるが、エッシェンバッハ[3]は47秒で弾いており、指定よりも10秒遅い。やはり、これも相当な早さで弾いておりこの1.27倍の速度で弾けというのも無茶な話である。山本美芽はエッシェンバッハの録音を「表示テンポ通りの猛スピードで演奏している」[9]としていることから指定の8割のテンポが出れば指定テンポ通りとみなしても良いということだろうか。しかし、「本当の指定速度」と「指定速度とみなせる速度」とでは曲の聞こえ方がだいぶ違う。とはいえ、キーの重い現代のピアノで指定の速度を出すのは現実的ではない。[10]
 また、チェルニーの練習曲ではないが、チェルニーが校訂したバッハの平均律にはテンポの指定があり、市田儀一郎は「途方もないテンポのメトロノーム指定によって、オリジナルからおよそかけ離れた曲のイメージを出現させ、これが悪弊となり、相変わらず巷に早すぎるバッハがしばしば耳に達してくるという現状である。」[3]と苦言を呈している。チェルニー自重しろ。
 練習を始めた頃は、ペダルを踏みまくってこんな感じのねっとりした演奏にしようとか考えていたのだが、CDの速度の方が遥かに良いように感じてペダルを踏むのは止め、CDテンポを目指して練習した。CDと同程度の速度で弾けるようになった段階で指定のテンポでメトロノームを動かしてみると、何か矢鱈と速い。改めて演奏時間を計算してみると上記の通りとなった。ピアニストはアスリートじゃねえんだぞとか思いながら10秒を縮めるよう色々と工夫して、最終的に指定テンポまで時間を縮めた。
 録音には結構ミスタッチが含まれている。複数回録音したのを継ぎ接ぎにしてノーミスのテイクを作ろうかとも思ったのだけど、何かすごくどうでもいい気分になって止めた。
 クソ真面目にチェルニーの演奏解説なんてしても仕方がない。チェルニーをまじめに練習している人は多分先生について教えてもらってるだろうから、その先生に教えてもらえばよいと思う。今回、指定のテンポで弾いてみたので、このテンポで弾くことについて説明したい。この曲を指定のテンポで弾けなんて言う鬼畜な先生は世の中にいないだろうから。
 CDのテンポと指定のテンポでは見えてくるものがだいぶ違う。主に響き方が違うのだと思う。次の音までの間隔が短いため音が減衰する間もなく次の音を鳴らすので意識しなくてもレガートに聞こえる。この曲にはタイトルのようなものにDie Schule der Geläufigkeit(なめらかな演奏の訓練)とあるが、このテンポで弾けばどうやったってノンレガートには聞こえない。だから、この「滑らかな」というのはレガートと言っているのではなく、音の粒を揃えるということを示しているのだと思う。キーを押すタイミング、強さ、長さの3点について統一性を持たせよということと捉えられる。
 練習を始めた当初、暗譜とかするつもりは全くなく、楽譜を見ながら通して弾くつもりだった。しかし、テンポを上げていくと、ミスタッチが目立つようになる。不思議なことに手元を見ていると間違えずに弾けることが多いことに気付いた。ということは、速く弾くには暗譜が必要になるということである。しかし、苦労して暗譜したということはなく、指定のテンポを試みる頃には殆ど音を覚えてしまっていたので、手元を注視してミスタッチを避けるだけとなっていた。また、暗譜で弾き始めたときは跳躍の多い左手を主に見るようにしていたのだが、当然ミスタッチの多い右手を見たほうが効果的である。左手はやばそうなポイントだけ見ることにして、右手を意識して見るよう心がけた。

 楽譜の解説文[6]には以下の通りに書いてある。

 第21番 右手の練習
 4度内の音階進行の練習は、指の力だけで弾くのであるが、この際、速度が増しても鍵は底まで確実に打鍵しなければならない。ことに4指がしっかり打鍵できないうちに次の音へ移りやすいから十分に注意して練習すること。
 左手は十分活かして歌わなければならないが、32分音符の音が正確に右手に乗って、次の和音へ入らなければならない。
①右手拍頭の4分音符に注意。1指の保持につられて、2指以下の音が伸びてしまいがちである。

 この解説を書いた人は指定の速度で演奏することを想定していないと思う。このテンポで弾いていたら恐ろしくてこんなことは書けない。「鍵は底まで確実に打鍵しなければならない」 底まで確実に打鍵している暇などない。出来る限り脱力して、音が出るギリギリの弱い力でキーを押して、その慣性だけでハンマーが弦に触れるくらいでなければ離鍵にかかる力の蓄積で手が持たない。例えば1~2小節、

フォルテシモで始まるわけだが、表記の通り全部の音をフォルテシモで弾けるだけの力を普通の人間は備えていない。主旋律となる左手と右手の拍頭の高音だけをフォルテシモにして、右手中声部は上記の通り出来る限り弱い音で弾かなければならない。
 速く弾くために心がけなければならないことがある。離鍵速度を速くすることである。キーを押すという操作は打鍵-離鍵という作業からなっている。速く演奏するためには速く打鍵する必要があるが、どれだけ速く打鍵しても離鍵が遅ければそうそうタイムは縮まらない。取り敢えず、打鍵を速くするには速い速度でキーを押し、底まで押しこむのではなく途中で押すのを止めて離鍵にとりかかり、キーの慣性で打鍵させるという技術がある。これは楽器によってできたりできなかったりするから困りモノである。打鍵だけ半分の時間に短縮できたとしても離鍵が変わらなければ全体として時間は3/4までにしか縮まらない。手を開くという行為は普通の生活では力は使わないので、握る力と比べてなかなか鍛える機会がないため、実に貧弱である。それ故、手を開く力を鍛えるということはピアノを弾くためには不可欠となる。
 そんなわけで、右手の中声部あるいは主旋律ではないパッセージは出来るだけ弱い力でキーを押したらすぐに指を戻すという意識で弾くとよい。
 指の上下の動きを少なくするために、手の位置は鍵盤に近いほうがよい。高い位置からキーを押すのと低い位置から押すのとどちらが指の移動距離が長いかを比較してみると実感できると思う。

8小節

 チェルニー30番の解説文に「多少の困難はあっても、指使いは指示されている通りにひくこと。」とある[5]が、チェルニー40番の解説文に同様の文言は見当たらない[6]。ということは、指使いは好き勝手に変えて良いということなのかな。ピアノの先生が見たら激怒するかもしれないけど、流石にこの指使いはない。
 *まず、右手前半素直に読めばHCHを454で弾くと読める。17~21小節はずっとこの手の指使いになるので絶対ダメというわけではないが、4指を押したあとは暫くは4指を使わない指使いにしたほうがよい。というのは、4指はとにかく弱いからである。解剖学的に弱いのだからどうしようもない。ショパンでさえこの4指の弱さに悩み、シューマンは指を壊した。
 そんなわけで、HCHを343で取ることにした。とにかく4指は使いたくない。
 ☆後半。54215432(1)という指示だが、44214431に変更した。2回も4が2連続となっておりさっきと言っていることが全く違うのだけど、この4の連打はEs-DとAs-G、つまり黒鍵とそのすぐ隣の白鍵を滑らせて弾くということである。グリッサンドみたいなものである。ゆっくり弾こうとするとタイミングとかの制御が必要だけど、全力のテンポで弾いているのならミスタッチさえなければ順番に押すだけでそれなりに聞こえる。

16小節

 指くぐりが苦手である。初心者かよって言われそうだけど苦手なんだ。
 暇している左手で取ることで指くぐりを避けて通ることができる。もちろん先生には内緒だ。

17小節

 17小節から中間部に入り、一転して変ホ長調の優しい雰囲気となる。雰囲気だけは優しいが、演奏は易しいどころかむしろ難しくなっている。
 16小節までと異なり強音を出す必要はない点は楽であるが、1指の保持は強音よりも随分と難しい。それに加えて8小節で書いたように454という指使いが毎拍現れる。また、上記の解説文①にあるように保持した1指に釣られて離鍵が鈍る。
 これといって特効薬的な解決法はなく、とにかく弱音で打鍵を短く離鍵を速くという点を意識して練習し速度を身につけるしかない。

21小節

 右手。この小節の前半はEsを保持し続けており、2拍目の第2音を抑えるタイミングで1指が準備出来ていないという状況になる。そうならないように1拍目の最後のAsを押さえる頃には既に1指をEsから離して次の準備を始めておくとよい。レガートにはできないが、速く弾いていれば気にならない。

22小節

 「暗譜 手元を見る」とか書いてある。楽譜を見ながら弾いていたとき、この22~23小節の左手の跳躍は手を見ないと弾けなかったためである。
 ☆後半右手。Fisを5指で取るり保持しているとFを4指で弾こうとする際に引っかかって弾けない。5指がFisの上にある都合上、Fを抑える4指はFisの黒鍵とEの白鍵との間の狭い隙間を狙わなければならない。Fisを押さえる5指を出来るだけ黒鍵の右の方に置き、4子に与えられるスペースを確保したいのだが、ゆっくり弾いてさえもどこかしら引っかかるため、速く弾くなど論外。
 そこで、いっそのこと、Fを4指で取るのを諦めて1指で取ってしまったほうが遥かに弾きやすい。
 さらに一歩進んで、1指をくぐらせてFを取ると最後のCが大変だという場合、括弧で示したようにFisを4指で取って、Fを5指で取る事もできる。右手を右に傾けて尺側偏位という状態[7]にすると丁度5指で押しやすい位置にFがある。

24小節→25小節

 *小節を跨ぐときの右手のH→Cを1→5で取る。2度の距離は1→5でとるには短すぎる。また、そのすぐ直後に1オクターブ下のCを1指で取らなければならない。つまり、1→5→1と多忙な上、2度→8度という手を閉じて開くという動きのためとても音を外しやすい。しっかり練習して動きを手に刻みつけても外すので、さらに押すキーを注視して強く意識すること。
 幸い、この部分は中間部と後半部の移り変わりのポイントなので、情緒豊かにポコリットしてみたとかいう言い訳が通じないでもない。

29小節

 ※右手5指で弾く主旋律がG→Esと跳躍する。跳躍した先は黒鍵であり、単純な横移動ではなく、奥にも動かさなければならない。そのため音を外しやすい。手元を見て命中率を上げる。

32小節

 最後。16, 31, 32小節は分散和音となっており、この3箇所だけは別の技術がいる。
 ■この32小節だけは指くぐりで分散和音をクリアしなければならない。16小節みたいに左手で無理矢理取ることもできるけど、左手も直後に最後の音を押さなければならず結構忙しいため、あまり効果的ではない。従って、ここだけは真っ当に練習して弾けるようにするしかない。
 ちなみに最後は勝手に音を増やして左手は1オクターブ下げた。意味もなく派手にしている。どやぁ!

最後に
 指定テンポで弾こうなんてアホなこと言い出したせいでえらく辛い目に会った。さすがはピアノ学習者を挫折させることについては右に出る者のいないチェルニーさんである。

参考文献
[1] 田村宏, ピアノ教則シリーズ5 ツェルニー30番 練習曲, 日本コロムビア(2007)
[2] 神野明, ツェルニー50番 練習曲 (2), 日本コロムビア(1992)
[3] エッシェンバッハ, ツェルニー40番練習曲, ユニバーサル ミュージック クラシック(2001)
[4] 市田 儀一郎, バッハ平均律クラヴィーア(1) 解釈と演奏法, 音楽之友社(2012)
[5] ツェルニー30番練習曲, 全音
[6] ツェルニー40番練習曲, 全音
[7] トーマス マーク他, ピアニストならだれでも知っておきたい「からだ」のこと, 春秋(2006)
[8] 遠山 一行, ショパン (新潮文庫―カラー版 作曲家の生涯), 新潮(1988)
[9] 山本 美芽 , 21世紀ヘのチェルニー 訓練と楽しさと, ショパン(2000)
[10] チェルニー30番 解説付き New Edition, 音楽之友社(2007)