チェルニー30番7 演奏解説

 チェルニー30番7を録音したので例によって解説する。
 チェルニー30を難易度順に並べたチェルニー30番 30の小さな物語では4番目に載っているのでかなり簡単な部類に思えるかも知れないが、それなりに弾けるようになって指定のテンポにメトロノームを合わせると、その速さに軽く絶望できる。本当に4番目に置いていい曲なのか疑問を覚えるが、そもそもこの曲を指定のテンポで練習させるような鬼畜な先生がそうそういるとも思えないので、これはゆっくり弾いたときの難易度なんだと思う。
 楽譜はいつもどおり全音を使う。

テンポについて
 2分音符で76bpmとなっているが、4/4のリズムなので4分音符で152bpmとしたほうが分かりやすいと感じる。
 上に書いたようにすごく速くて、こんなの弾けるわけないやんって思ったのだけど、練習をサボってバッハを1曲完成させて戻ってきたら、どういう訳かなんとか弾けそうな感じになってきた。どういう機序でそうなったかは全く不明である。
 チェルニー30番は大抵の曲はテンポを速くするのが最も障害となる。中村菊子が音の響きはもとより、鍵盤の数といい、幅といい、全て小規模で打鍵の感じの違いにたいへん驚かされた[2]と言っている通り、別の楽器を弾いているようなものなので同じように弾けなくて当然だし、ピアノ学習者が無理にインテンポを目指す必要はないと思う。
 速度を上げいくと、片手だけなら問題なく演奏できるのに、両手で合わせると崩壊する箇所が現れる。片手だけに集中していれば弾けるが、両手で弾くことによって集中力を配分しなければならず、満足に演奏するだけの集中力が残っていないということである。暗譜して手元を見ながら弾くと少しは良くなるが、それでも駄目な場合はぎりぎり弾けるか弾けないかの速度でひたすら弾き込んで動きを体に馴致させる。すっかり疲労するまで弾き込んだら、疲れの取れている翌日にはいくらか良くなっている。

アルベルティ・バスについて
 下に示すように[1]、3音の和音をドソミソのように分散させたものをアルベルティ・バス(Alberti-Bass)という。

 今回、7番はアルベルティ・バスの練習のように見えるが、アルベルティ・バス自体は特別な練習が必要なものでもないと思うんだけど、脱力して演奏するための練習というものがある[6]。それはそうと、この曲はベース音の保持の所為で手の動きが酷く制限されるため、ベース音以外のトレモロ部分を指の動きだけで弾かなければならない。これを152bpmで弾こうとするのはかなり無理をする必要がある。ベース音を保持しなくてもよいのならコンパス弾きを使うことでかなり速く弾ける。
 弾き方とかについて、1小節目で説明してみる。

 フォルテで始めるのだが、全ての音をフォルテで弾く必要はない。速く弾くとすごく疲れて、最後の方でバテてしまうので、力を入れる必要のないとこは積極的に力を抜いて手を疲れさせない工夫がいる。ここではフォルテで弾くべき音は右手の主旋律と左手の各拍頭の保持するベース音である。左手各拍2~4音目は力を込めずに弾く。また、拍頭のベース音も打鍵と同時に力を抜くこと。
 ベース音は全てC音となっている。これを保持するということなので、切れ目なく同音連打することになるが、色々無理がある。まず、音を保持しながらの同音連打はダブルエスケープメント機構が備わっているピアノ、つまりグランドピアノでなければ演奏できない。グランドピアノを使っている場合は保持したままの同音連打を試みたいものであるが、簡単ではない。現実的には4音目に合わせて5指を離鍵して次の拍頭の打鍵に備えることとなる。
 2~4音目だが、2音目と4音目は1指で同じ音を打鍵することになる。4音目をちゃんと打鍵するためには2音目に打鍵した1指がちゃんと離鍵している必要がある。これがなかなか上手く行かなくて、4音目が打鍵できていないということがよくある。このことは演奏中に気付くのは難しく、録音を聞き返したときに初めて自分が拙い演奏をしていることを理解することになる。勿論、ピアノの先生についているのなら指摘してもらえるが、前述の通りチェルニーを指定のテンポで演奏させるような鬼畜教師はそうそう世の中にはいない。兎に角1指の離鍵がアルベルティ・バスを弾く上での最も注意する部分となる。
 1拍目のCGEGを例に手の動きを説明する。1音目、Cは手首を左に回転させながら5指をキーに落とす。この音だけはフォルテで弾く。2音目、Gは手首を右に回転させながら1指で打鍵。3音目、手の甲を少し上げて1指を離鍵しつつ3指で打鍵。4音目、手首を右に回転させて3指と5指を離鍵しつつ1指で打鍵。4音目を打鍵した時点で次の拍頭の準備ができていることになる。
 4音目でベース音を離すことで保持が途切れることになるが、以前説明したように離鍵してから減衰するまで0.1秒くらいかかるので、その程度なら保持が途切れても許容される。この曲を指定のテンポで弾いたとき、16分音符1つにかかる時間は60秒/(76bpm*8) = 0.0987秒なので、減衰前に次の音を打鍵することになり頑張って保持する必要はないことが分かる。
 2~4音目の離鍵についてはダブルエスケープメントを利用することでかなり短い距離の動きでクリアできる。逆に言えば、アップライトで指定の速度を出すのはかなり難しいということである。1音目については、打鍵の際の指の動きが少ないと十分なヴェロシティが得られずにフォルテになりづらいため、しっかりと離鍵したほうが良い。

スタッカートについて
 この曲では何種類かのスタッカートがあって、それぞれ弾き方がある。
 1小節目にあるような単音のスタッカートは指を手前に引っ掻くようにして打鍵する。打鍵後その勢いでキーの上から指がどくことで最速でキーが戻る。勢いのある鋭いスタッカートを作ることが出来る。
 手前に引っ掻く弾き方では和音のスタッカートは難しいので、普通に手首の上下で打鍵と離鍵を行う。
 13小節は1~3音がメゾスタッカート(ポルタート、ポルタメント)で4音目がスラーで保持するようになっている。

 メゾスタッカートは3/4の長さに切るというのが原則だが、あくまで原則でありどの程度に切り離すかは曲や演奏者の解釈によってまちまちである[3]。ここでは3/4の長さだと上述したように減衰時の残響が次の音まで続くのでイマイチ切れた感じがしない。だから、いっそ1/2の長さで切ってしまう。指定のテンポより十分遅く弾く場合は3/4で問題ないと思う。
 15小節はスラーとスタッカートが混在している。

 ここのスタッカートは手前に引っ掻くと弾きづらくなり、また鋭いスタッカートである必要もないので普通にキーからまっすぐ指を上げる離鍵でも問題ない。
 この部分は右手3拍目のA音がスタッカートになることに注意しなければならない。どうやらそれが常識らしい[4]のだが、これはアーティキュレーション・スラー(articulation slur)という。

 高さの異なる2音感にスラーがある場合はアーティキュレーション・スラーという。後の音が前の音と同じ長さか前の音より短い場合は、あとの音は原則として力を抜き、軽く切る奏法になる。上の譜例ではスラーのあとに記されたスタッカートによって、スラーの最後の音が誘発され、明瞭なスタッカートで奏される[3]

装飾音のタイミング
 31327小節に装飾音がある。前打音のタイミングは下の譜例に示すように、拍の上で打鍵する古典的奏法と、拍の前に先取的に打鍵する近代的奏法がある。
[3]
 どちらでも好きな方、というか、より説得力があると感じる方で弾けば良いと思う。
 僕自身は13小節は先取的に打鍵する意外にはありえないと考えるので、それに合わせて他の部分も先取的に取るようにしている。しかし、指定のテンポで弾く場合、327小節では速すぎて違いがわからない。
 13小節は前打音の最初のGを直前12小節の左手最後のG音と同じタイミングに合わせて弾くようにする。
 前打音ではなく主要音にアクセントがあることを忘れないように。

2小節

 ※2拍目。左手のアルベルティバスに対して右手は下降スケール。同じ16分音符だが右手の方が遥かに速く弾けてしまうので、左手に合わせて速度を抑制する。
 ◎右手2~3拍目。指を跨ぐのに手間取って遅くなりがち。1指を立てるようにして打鍵するか、引っ掻くように打鍵してそのまま鍵盤上から1指をどけてしまうことで1指が他の指の移動経路を塞ぐことがなくなる。また、最後のG音を2指ではなく3指で打鍵すると指使いが2-1-2ではなく2-1-3となり少し余裕ができる。
 ■ここに限ったことではないが、右手が忙しくなると左手のアルベルティバスに回す集中力が足りずに4音目を抜きがちとなる。上で説明した動きをしっかり体に叩き込んで間違いなく4音とも打鍵できるようにしておくとよい。

1011小節

 右手3音目のCEGの和音を124で取ると次の前打音のGHDと同じ手の形になるので、手の形を変えずに5度上に移動すればそのまま次の音を打鍵できる。

1516小節

 これまで主旋律が4分音符だったのがここから8分音符になり、右手の負担、集中力が増すことにより左手が疎かになりがち。左手は同じ音が続くので、集中力を要さずに弾けるようになるまで左手を訓練する。
 ※16小節最後で左手が崩壊することがある。これは気づかない内に右手が速くなっているのに左手が追随できなくなることに加えて、17小節最初のGの準備をしようとする動きが引き金となる。

1723小節
 右手の主旋律となる4分音符は他の16分音符よりも主張しなければならないのだけど弱くなりがち。
 アルベルティ・バスの保持音は少しくらい切れてもあまり目立たないが、こちらは切れるとすぐに気づいて誤魔化しが効かないので確実に保持すること。

24小節

 コンパス弾きとはシュッテルング(Schüttelung)といって手首の回転で手を左右に回す動きで打鍵すること[5]。8度以下の距離を交互に行き来するときに有用で、指の動きだけで演奏するのに比べて格段に疲労を抑えることができる。
 右手最後のGを打鍵しないまま次の小節に突入してしまうことがあるので、最後まで確実に抑えること。
 左手は2分音符の和音だけなので、小節後半でゆっくり次の位置を探しに行く余裕がある。

32小節

 ☆左手最初。直前に16分音符で1指を使っているので、この音を1指で取るのは筋が悪い。23指あるいは24指で取ったほうが断然引きやすい。楽譜の指示通りに取るのなら少し遅れて32小節に入るとか、31小節最後のFを右手で取るとかになる。
 ◎左手2音目。2オクターブの跳躍でキーの位置を確認している時間もあまりなく、外しやすい。5度の広さを正確に掴めるようにしておけば上のGの位置を確認するだけで弾ける。

参考文献
 [1]石桁真礼生, 楽典―理論と実習, 音楽之友社(2001)
 [2]カール・ツェルニー, 若き娘への手紙, 全音楽譜出版社(1984)
 [3]菊池有恒, 楽典 音楽家を志す人のための, 音楽之友社(1979)
 [4]田村宏, レスナーのための指導ポイント チェルニー30番練習曲, エー・ティー・エヌ(1994)
 [5]井上直幸, ピアノ奏法―音楽を表現する喜び, 春秋社(1998)
 [6]岳本恭治, ピアノ脱力奏法ガイドブック①《理論と練習方法》, サーベル社(2015)

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