屈折率の測定方法について

 先日、ポリエチレングリコール400(InternetArchive)(PEG)にコロイダルシリカを分散させたのだが、100℃から温度を下げていくにしたがって色が変わっていった。
 基本的に構造色を持つ液なのだが、温度の低下に伴って少しくすんだ色→無色透明→透き通った構造色と変化した。
 これはPEGの屈折率が温度によって大きく変化しており、無色透明のタイミングでシリカと屈折率が一致したとことを示している。
 屈折率というのは物理の教科書に載っているように、入射角θi、屈折角θtから、sinθi/sinθtで求められる。
[1]
 光が入射する様子を真横から撮影して分度器を当ててやればすぐに求めることができる。勿論、ちゃんと測るならアッベ計(InternetArchive)を使うべきである。しかし、対象物質が小さかったり、歪な形をしている場合は測定するのがなかなか難しい。そういう物質の屈折率を測定するのに液浸法(InternetArchive)が使われる。
 液浸法を行うためには屈折率の異なる接触液を準備しなければならない。例えば島津製作所ではd線(587.56nm)の屈折率で1.48~1.78まで0.01刻みで31種類を用意している[2]。測定したい屈折率の辺りの接触液を揃えておかなければならないのである。
 PEGの屈折率の温度依存性を利用して接触液の代わりとすることができるのではないかと思ったわけである。
 シリカ分散液の様子から屈折率が多く変化しているけど、具体的にどの程度の変化があるのかちょっと分からない。
 屈折率は密度と緊密な関係にある。PEGは密度の温度依存性が大きく、20℃で1.125g/cm3、95℃で1.07g/cm3程の差があるので(ただしこの例はPEG600)[3]、相応の屈折率差が見込まれる。

 屈折率と密度の関係は次の式で表される[4]

 \displaystyle R = \frac{n^2 - 1}{n^2 + 2} \cdot \frac{M}{\rho}
n:屈折率
M:分子量
ρ:密度
R:分子屈折
 分子屈折は原子屈折の和で与えられ、原子屈折は各原子に特有な定数である。

これを式変形すると、
 \displaystyle n = \sqrt{\frac{M + 2 \rho R}{M - \rho R}}
となる。
 密度以外は全て定数なので、この式から密度が大きくなれば屈折率が高くなるということが分かる。
 一応計算してみる。

 PEG400は平均分子量400なので、M=400。
 PEGはHO-(CH2CH2O)n-Hという構造をしているので、この構造で分子量400だとn=8.68くらいになる。分子として考えるならnは整数でなければいけないけど、平均分子量400という集合体として考えるので、n=8.68として計算してみる。
 原子屈折の一覧表から、原子屈折総計を求める。
C:2.42×2×8.68 = 42.01
H:1.10×(2 + 4×8.68) = 40.39
-O-H:1.53×2 = 3.06
-O-:1.64×(8.68 - 1) = 12.60
総計:98.06
 \displaystyle n = \sqrt{\frac{400 + 2 \rho 98.06}{400 - \rho 98.06}}
ρの幅は1.07~1.125g/cm3なので、それぞれのρを代入したときの値を求めると、
・ρ=1.07g/cm3(95℃)のとき
 \displaystyle n = \sqrt{\frac{400 + 2×1.07×98.06}{400 - 1.07×98.06}} \\  = 1.4376
・ρ=1.125g/cm3(20℃)のとき
 \displaystyle n = \sqrt{\frac{400 + 2×1.125×98.06}{400 - 1.125×98.06}} \\  = 1.4637

 温度が高いときと低いときで屈折率は1.4376から1.4637の変化があると求めることが出来た。0.0261の差ということで見た目ほど劇的な違いはないようで、ここから分析法を立ち上げようとするにはちょいと役者不足である。
 では、どのくらいの屈折率差があれば良いかというと、液浸法では上記の通り1.48~1.78の液を準備している。上の計算式から読み取るに密度変化と分子屈折が高い方が温度による屈折率差も大きくなることが分かるが、分子屈折が大きくなると必然的に分子量も大きくなるためその効果が相殺される傾向にある。しかし、原子屈折の大きな元素を多く含む物質で密度変化の大きいものを用意すれば良さそうに見える。上の原子屈折一覧を見るとハロゲンの原子量が大きくなるほど原子屈折も大きくなるようで、例えばヨウ素の多く含まれる四ヨウ化炭素なんかはどうかと思ったりもするが、これは固体である上に色が付いていて適当ではない。
 そもそも、原子量の大きいハロゲンは当然分子量も大きくなるので、原子屈折を大きくするためにハロゲンを選ぶのは適切ではない。
 それでは分子量を小さくして原子屈折を大きくするには、二重結合や三重結合の多い物質を使ったらよいとなる。
 アレンなんかどうかと思ったが、調べたら沸点が-34℃[5]で使いようがない。

もっと長鎖の共役系をと考えると、やっぱりポリアセチレンかなあとなる。ポリアセチレンだと固体になってしまうので、沸点が93℃となっている[6]トリアセチレンあたりが良さそうである。しかし、分子量に対して分子屈折が大きそうなのは良いとして、密度が0.9±0.1g/cm3となっている。あんまり密度の差が大きくなさそうである。さらに、この物質の構造を見るにどう考えても疎水性なので使える物質に制限がありそうである。

 なかなか安易に適当なものは見つからないもので、頑張って探して論文を書いてもいいんだけど、面倒くさいからやらない。誰かこのネタを携えて博士課程にでも挑む人は出てこないものかな。

参考文献
 [1]田所利康 石川謙, イラストレイテッド光の科学, 朝倉書店(2014)
 [2]接触液(屈折液)(InternetArchive), 島津製作所
 [3]Y. Hatakeyama, T. Morita, S. Takahashi, K. Onishi, K. Nishikawa, Synthesis of Gold Nanoparticles in Liquid Polyethylene Glycol by Sputter Deposition and Temperature Effects on their Size and Shape, J. Phys. Chem. C 2011, 115, 8, 3279-3285
 [4]鈴木長寿 他, 物理化学の計算法p35, 東京電機大学出版局(1997)
 [5]アレン(InternetArchive), Chemical Book
 [6]Triacetylene(InternetArchive), ChemSpider