廃熱を利用した発電について

 実験とか製造とかの場でしばしば加熱という操作をすることがある。加熱中や加熱後には必ず冷却という操作が必要になってくる。
 冷却という操作は分子の世界では何が起こっているかというと、原子・分子の運動エネルギーを外部に放出するということである。この、外部に放出するエネルギーを利用できないかなというのが本エントリーである。
 熱の正体が原子・分子の運動エネルギーであることは面倒なのであえて説明しない。多分、そのあたりを説明しているサイトも世の中たくさんあるだろうし、成書がいいという方は物理学通論Iの251ページから253ページを読んだらいいと思う。温度と分子の運動エネルギーの関係は次の式で表される。

{\displaystyle \frac{1}{2}m \langle v^2 \rangle = \frac{3}{2}kT }
 m:分子の質量[kg]
 v:分子の運動速度[m/s]
 k:ボルツマン定数[(1.380658±0.000012)×1023J/K]
 T:温度[K]

 この式は理想気体のときに成り立つものなので、少し現実から離れているのだけど、定性的な議論をするときはこれで問題ない。なお、今回はこれっきりこの式は出てこないので安心してもらって良い。

 熱の放出についてだけど、かつて学校とかにあった小規模な焼却炉なんかだと煙突からそのまま待機に放出するし、規模が大きくなると廃熱利用とか頑張っていたりする。環境省(魚拓)も何か考えてるらしい。
 多分、市町村の焼却炉以上の規模だと廃熱利用の効果がわかりやすいので色々やっているのだろうけど、規模が小さくなると廃熱垂れ流しが殆どじゃないかと思う。それどころか、あえて電力を使って冷却することまでやっている。とはいえ、電力を使って冷却というのは通常稼働温度が室温程度の廃熱利用のしようのないような工程で行われるものなのでこういうのはどうしようもない。廃熱利用できる温度は室温以上と決まっている。熱力学第2法則という言葉を出さずとも経験で分かると思う。温度という言葉を運動エネルギーに置き換えると理解は容易いんじゃないかな。
 そんなわけで、廃熱利用は温度差を平準化する際に放出されるエネルギーを一部回収するということになる。ちなみに、火力、原子力地熱発電はどれも同様のシステムと見做すことができる。

 温度差で真っ先に思い浮かぶのがペルチェ素子。
 平ぺったい板から配線が伸びており、電流を流すと表裏に温度勾配が発生するという道具である。最近では低温にする必要のある分析装置に液体窒素を使わずにペルチェ素子を使うというものが出ており、とても便利になってきている。
 このペルチェ素子だが、表裏に温度差があると配線に電圧が発生する。こうやって発電することもできるのである。これでいっちょ特許でも書いて一儲けしてやろうなんて思ったけど、自分が考えつくことなんてとっくに他人が考えているもので、KELKが既に実用化していた(魚拓)以下の仕様だそうな。

【今回発売する熱電発電モジュールの特長】

1. 世界最高の変換効率を持ち、比較的小さな温度差でも大きな出力が得られます。
(動作条件:高温側280℃、低温側30℃)
2. 出力密度が約1W/cm2と高く、設備がコンパクトになります。
3. 最大出力時、3A-8Vと低電流・高電圧のため、電気回路の取扱いが容易になります。
【商品仕様】
寸法: 50mm × 50mm × 4.2mm (リード線含まず)
質量: 47g
出力: 最大24W (高温側電極280℃、低温側電極30℃のとき)
使用可能温度: 高温側 最高280℃・常用250℃以下 / 低温側 最高150℃
変換効率: 最大7.2%
材料: BiTe系

【公表価格】
1モジュール3万円(最小販売個数 50モジュール)

 5cm角でお値段が3万円、発電効率が最大で7.2%ということで意外としょぼかった。
 使用している場面を考えると、徐々に素子自体の温度が上がっていって発電効率が落ちていくんだろうなと思った。それを避けるために素子のさらに外側を水冷式にしたりとしてると、やっぱり意味ないんじゃないかと思えてくる。例えば、リービッヒ冷却管の内側の管をペルチェ素子にして、水冷にするなんてことを考えると、どの程度効果があるのか見当がつかないので、実際に計算してみる。

 工場で1日に1tの水を蒸発する能力のあるタンクで上流を行う。上流に使う冷却管の内管をペルチェ素子にして、エネルギーを回収する。蒸留した後の熱い水をからもエネルギーを回収できるけど、その部分は面倒なのと、エネルギー効率が悪くなって美味しくないのでエネルギーの回収はしないことにする。
 1tの水を蒸発させるエネルギーを求める。水の蒸発熱は2442kJ/kg(魚拓)なので、1日に蒸発のために使う使うエネルギーは、
  2257kJ/kg×1000kg = 2257MJ
 KELKの上記のモジュールでは変換効率が7.2%とのことなので、
  2257MJ×7.2% = 162.5MJ
  162.5MJ÷3600J/Wh = 45.14kWh
 電気代を30円/kWhとすると、
  45.14kWh×30円/kWh = 1354.2円/日
 工場を250日/年稼働すると、1年で回収できるコストは、
  1354.2円/日×250日 = 338550円/年
 ということで、1年あたり33万8550円のコストを回収できることになる。意外と返ってくるもんだ。

 次は使うモジュールの値段について。
 5cm角で3万円ということなので、
  30000円÷25cm2 = 1200円/cm2
 冷却管のサイズについて。実験室とかだとリービッヒ冷却管を使うけど、工場サイズだと内管を太くしても効率が悪くなるだけなのでこんな感じ(魚拓)で蓮根型にして内管の径を変えずに内管を増やして、熱交換媒体と水蒸気との接触面積を増やす。
 こういった冷却管の要求される能力による設計の方法があるはずなのだけど、僕自身そちらの知見を持っていないので、このあたりはちょっと雑になる。調べても分からなかったので、桐山製作所の公開しているジムロートによる熱交換能力(魚拓)を参考にする。ジムロートの熱交換能力は蛇管の長さに比例すると仮定して話を進める。
 桐山製作所によると、ジムロートにC38-1型とC38-2型というのがある。C38-2型はすごく魅力的な形をしてるんだけど、標準的なC38-1型で考える。
 C38-1型の蛇管実長さ270mmの還流量800ml/hを参考値とする。これをジエチルエーテルから水に変更することで多分、それらしい値が得られると思う。
 桐山製作所のページに、エーテル還流量=(徐熱量×60÷蒸発潜熱)÷エーテル比重(魚拓)とあるので、この蒸発潜熱とエーテル比重の部分を水に変えると還流量が得られる。
 この場合、エーテル還流量が800mlなので、
  水還流量 = エーテル還流量÷(水蒸発潜熱/エーテル蒸発潜熱)÷(水比重/エーテル比重)
         = 800ml÷(40.66kJ/mol / 26.69kJ/mol)÷(1g/cm3 / 0.708g/cm3)
         = 371.8ml
 なお、蒸発潜熱はこちら(EXEL)の値を使った。
 そんなわけで蛇管270mmあたり371.8ml/hの熱交換能力があるのだけど、これは安全のためジムロートの3/1までしか使っていないので、ギリギリまで切り詰めて蛇管90mmあたり371.8ml/hの熱交換能力と見做す。
 工場で1日の稼働時間を8時間とすると、371.8ml/h×8h = 2874.4mlの処理能力である。この工場では1日に1tの水を処理しないといけないので合計蛇管の長さは、
  1000L/2.874L×90mm = 31.3m
 結構な長さなんだけど、上の方で示した通り、冷却管は蓮根状にするので例えば冷却管の長さを2mとして蛇管と同じ太さの内管を16本接続すれば作れるということである。
 さて、冷却管のサイズを決定することが出来たので、あとは内管の面積から必要なペルチェ素子の量とそのお値段を求めるだけである。
 ジムロートの蛇管は内径が5.8mm、外径が9.0mmである。この場合、どこの面積を使ったら良いのか悩む。内径を使うか外径を使うかで面積は(9.0/5.8)2 = 2.4倍変わってくるのだ。多分、冷却管を特注するので外径の9.0mmよりもさらに高い値段になりそうなことは想像に難くないのだけど、これまで通してきたこの装置を導入するに有利になる計算方法を取ることにする。つまり、内径5.8mmである。
 直径5.8mm、長さ31.3mの円筒の面積ということになる。
  5.8mm×π×31.3m = 5703.25cm2
 単位をcm2としたのはペルチェ素子の値段が25cm2で出ているからである。
 さて、ペルチェ素子25cm2あたり3万円なので、
  5703.25cm2× 1200円/cm2 = 6843896.764円
 684万3897円だそうな。
 上で計算したとおり、回収できるコストが1年あたり33万8550円なので、
  684万3897円÷33万8550円/年 = 20.21年で回収できる計算になる。
 これでは稟議が降りないなあ。
 以上より、ペルチェ素子によるエネルギー回収は筋が悪いから別の方向を考えたほうが良いということが分かった。