山の魔王の宮殿にて 演奏解説

 山の魔王の宮殿にてを録音した。グリーグ組曲ペール・ギュント中の1曲なんだけど、昔、CakeWalkExpressだったかWindows95だったか忘れたけどサンプルMIDIに入っていたことで好んで聞いていた。先日、放課後のピアニストを読んで、この曲が出てきたので弾いてみようと思ったってわけ。どうでもいいけど、CakeWalkHomeStudioを起動する度にレジストリ項目の追加が検出されましたとKingsoftが文句を言ってくるのはどうにかならないものかな。いや、Kingsoftなんてクソソフトをインストールしてんじゃないっていうのが正しいのは分かってるんだけどさあ。
 楽譜は全音のピアノ版[1]グリーグはピアノ用の楽譜を書いていたようで、ピアノ編曲版とはなっていない。
 クラシックの曲というのは基本的には新しく書かれることはないので、新規に楽譜を出版しようとするとどんどんマニアックな方向に手を出していかざるを得なくなる。全音ヤマハプリズムなんかはそちらの方向に積極的に展開している節があり、この冒険心には好感が持てる。春秋は昔はよかったかもしれないけど、今はてんでダメ、新作を出さないどころか改訂もしないし楽譜には曲の解説とか載ってないしリスト編のベートーベン交響曲とか絶版にしてしまったし。
 ペール・ギュント自体のCDは持っておらず、全曲通して聞いたことはないのだけど、楽譜に掲載されている曲を幾つか試しに弾いてみると結構聞いたことのある曲がある。ペール・ギュントは小学校の教材に使われているそうで、小学校6年の鑑賞教材に組曲1部が取り入れられている[1]。また、ソルヴェイグの歌は愛唱歌とされている[2]
 ペール・ギュントというのはイプセンの戯曲が原作であり、ペール・ギュントという糞野郎が故郷を追い出されて世界中を冒険して特に何も得ることもなく帰ってくるという話。日本では原作よりもグリーグの方が有名になっている。
 全音版の編集者である関小百合が自身のサイトサンプル音源を公開している。本稿を書くまでこの音源、というか正しい速度というものを認識してなかったんだけど、思いの外速くて驚いた。

 それではいつものように解説をする。
 この曲は変奏曲の形式となっているので次のように24小節ごとの3つの変奏に分けた。また、変奏の主題は2~5小節に提示される4小節となる。これがひとつの変奏に6回入る。またこの6回は主題→1オクターブ上、5度上に転調、1オクターブ上、原調に戻ってちょっと雰囲気を変える、1オクターブ上、という構成になっている。

前奏1
第1変奏2~25
第2変奏26~49
第3変奏50~73
コーダ74~88

 楽譜を見ると結構五線の中の隙間が多かったので勝手に音を増やした。改めて関小百合の演奏[3]と比較するとだいぶテンポが異なっており、僕の演奏のほうがかなり遅い。これは第3変奏をオクターブにしたため、これ以上の速度を出そうとすると崩壊するためであるのと、音源を参考にせずに練習したため適切なテンポというものがよく分からなかったため。また、曲全体を通して徐々にテンポが上がっていくので、あまりしっかりとテンポを設計しなくても良いのは楽である。
 先日、グレン・グールド 未来のピアニスト[4]という本を読んで、椅子の高さについて書かれていた。

 こうしたさまざまな特殊性は、当然のことながらグールドの演奏にある制限を与える。一般的に、手首、腕、肘、肩から背中、腰までを総動員する重量奏法に比べると、低い椅子に座り、両肩を締め、鍵盤におおいかぶさったグールドの奏法はやや窮屈で、レパートリーが限られるだろうことはじゅうぶんに予想される。
 グールドがもっとも苦手だったのは、回転させる、投げる、飛ばすなど腕全体を使ったテクニックである。両肩を締めているため、手を交差させる場合は良いが、肩を開く運動にはすばやく対応しにくい。その弱点を露呈しているかに思われるのが、1967年11月15日に放映されたリヒャルト・シュトラウスの小協奏曲〈ブルレスケ〉である。
 同じ作品をアルゲリッチが演奏している映像もあるが、やや高めの椅子に座り、腰と背筋でしっかりと状態をさせ、フリーになった肩や肘を縦横無尽に回転させる理想的なフォームで豪快に弾きまくっている。投げたり飛ばしたりした手が鍵盤に当たるときは相当な衝撃があるが、手首、肘で逃しているために深みのある柔らかい音が出る。
 対してグールドは、フォルテで和音を弾くときにどうしても伸び上がるような姿勢になり、力がうまく伝わらない。腕を回転させると鍵盤につかえてしまうため、背中から力を込めて向こう側に押しやっている。鍵盤の中央と端をすばやく往復する場面では、アルゲリッチのように放物線を描くことなく腕を平行移動させる。定規で測ったような正確さには舌を巻くものの、やや窮屈そうな感じがする。左右の手を激しく交差させるパッセージでも、腰からの力をいったん肩で止めているため極彩色の響きは出てこない。

 まだ色々と書いてあるけど、長くなるので引用はこの程度にしておく。雑な書き方をしてしまうと、グールドみたいな低い椅子で演奏するプレイスタイルでは派手で豪快な曲は苦手だということ。
 そこで思ったのが、だったら曲に合わせて椅子の高さを変えたらどうかということ。早速試しに椅子を高くして演奏してみたのだけど、畢竟この試みは失敗だった。確かに椅子を上げることにより弾きやすくなった気がするのだけど、ピアノの椅子の高さを調整するのは結構手間で曲ごとに高さを変えるというのはやってられない。椅子を複数用意するという手段でクリアできるけど、やはり別の理由でやめたほうが良い。まず、これまで椅子を低くしてピアノを弾いてきたということもあり、高い椅子というのは気持ちが悪く座りが悪い。そして、足が微妙に床に届かず、常にかかとが浮いている状態となる。他の曲を練習するときも常にこの状態なので不快感は募るばかり。そんな中、無理を押して録音を終了させ、これで清々するぜとか言いながら椅子を元の高さに戻すわけなのだが、なんかしっくりこない。体が高い椅子に馴れてしまったのだ。結局、椅子の高さというものは自分のスタイルの一部分であるので安易に変更するべきではないんじゃないかなと思った。
 椅子の高さについては、よく言われるように肘が鍵盤の高さになるくらいが丁度よいと思う。

1小節目

 テンポの指定は"Alla marcia e molto marcato 138"。音楽用語っていうのは書いてる連中も基本的にネイティブじゃあないので記号的な書き方をされており、単語一つ一つをなぞれば大体意味がわかるようにできている。Alla:~風に、marcia:行進曲(マーチ)、e:and、molt:極めて(強調する語)、marcato:はっきりと、ということで「行進曲風に、そして極めてはっきりと」という意味になる。
 1小節だけの前奏、Fisのオクターブで始まるところなんだけど、更に下にFisを追加している。大した意味は無い

第1変奏:2~25小節
 "sempre staccato e pp"と指示がある。第1変奏はずっとスタッカート&ピアニッシモねと言っている。
 実はピアニッシモでスタッカートというのは結構曲者。スタッカートなので、キーを押したらすぐに戻さないといけないため、うまく力が入らないし、ちゃんとハンマーが弦を叩いたかを確認している余裕が無い。ちゃんとキーを押そうとすると強い音がでてしまう。昔、スーパーピアノレッスンルイサダが説明していたのを思い出した。キーを手前に引っ掻くようにして弾くという奏法である。楽譜の風景では下部雑音に関するストーリーで説明しているのだけど、ここでは別の利点を説明したい。図で説明しようかと思ったのだけど、絵を描くのが面倒なので写真を撮った。

①指をまっすぐにしてキーの上においた状態

②指先を手前に引く。この写真だと第2関節を中心に回転している。この回転によって指が下を向き、キーを押し下げる。

③指は更に回転し、キーを必要なだけ押し下げた後、キーの端っこから指が飛び出ることでキーは元に戻ろうとする。

 指を手前に引っ掻くようにして弾くというのは、指の回転運動により指が回転したときの高さ成分だけキーを押し下げるということになる。上下の運動が必要ないのである。また、回転の高さ成分はキーのストロークよりも大きいので確実に音を鳴らすことができる。そして、指先がキーの上面を通り過ぎることにより指はキーを離れるため、スタッカートで短く切るために指を上げるという動作が不要になる。音量については指を回転させる速さによって制御できる。
 そんなわけで、スタッカートは手前に引っ掻くような動きを推奨する。

第2変奏:26~49小節

 ここまでピアニッシモだったのが第2変奏でピアノになってちょっと音量アップ。左手は2,4拍でスタッカートでなくなっているけど、16分音符なので現実的にはスタッカートよりも短い。
 26小節からペダルの指示が入っているけど、スタッカートを意識しなければならないので、ペダルは控えめにしておく。
 音量については、26小節がピアノで始まる。34小節で"poco a poco cresc. e stretto"ちょっとずつ音量と速度を上げていく。42小節で"mf e sempre cresc."メゾフォルテ&これまでと同様音量を上げていく。48~49小節でクレッシェンドの記号が描かれており、第3変奏頭でフォルテシモとなるように仕組んでいる。

42~47小節

 ここで左手はスタッカートから開放され、6連符となる。
 やはりペダルは控えめ。音量はメゾフォルテとなっており、この先まだ音量が上がっていく予定であり、ペダルによる音量アップの効果を先のために残しておく。

48~49小節

 第3変奏のフォルテシモに向けて音量を上げていく部分。48小節はじめの1拍だけはペダルを踏む。この部分は47小節までの6連符の続きの形となっていることと、楽譜の上での表記はないが、1拍目から2拍目にわたってスラーを付けているという意識が働いているためである。左手がスタッカートからアクセントに変わって、50小節始めのフォルテシモのH音に向けて音階を下っていく。この曲の調整はh mollなのでH音は特別に意識している。
 右手の最後の音は勝手にオクターブに変えた。音量を大きくすることができるというだけの意味でしかない。

第3変奏:50~73小節
 ここからコーダまでフォルテシモになる。楽譜では音量に関する指示は50小節のff以外なく、代わりに速度を早くしていくという指示で曲の激しさを増していく。それに対して、音を増やして分厚い音で表現してみようと試みた。結果として、ポジション移動が多いためあまり速度が出なくなったためちょっと物足りない印象となった。シフラみたいな超絶テクニックがあったら両立できるのになあ。

50~51小節

 指示は"ff più vivo"フォルテシモで今までよりも活発に。
 右手は1オクターブ上げろとの指示だけど、この支持には従わず54小節から1オクターブ上げるとした。これまでの傾向として主題の旋律を弾くときに1回目と2回目でオクターブずらしているので、ここで止めるのもどうかなという考えがある。また、49小節の最後で、敢えて1オクターブ下げているのでこうした方が自然だと思った。
 51小節からは左にスタッカートがなくなる。音を短く切る必要がないので指を鍵盤に全力で突き立てることができる。

54小節

 ここで1オクターブ上げ、本来の高さとなる。
 ここからペダルをべた踏みする。1オクターブ上げることで、音量が小さくなってしまうのだけど、それを補う意味でもある。また、ペダル前回なのでスタッカートの意味がなくなってしまう。音量を下げないためにこれ以上強い音を出すだけの力がないため、これはもうどうしようもない。力の強い人はスタッカートを守ったまま弾いたらいいと思う。

58小節

 "sempre stretto al fine"これまでと同様に最後まで加速する、とある。「これまでと同様に」ということは、ここまでも加速し続けてきたということになるのだけど、加速の指示は34小節の"poco a poco cresc. e stretto"以来である。これも42小節の"mf e sempre cresc."で上書きされて無効になっているんじゃないのか。では、50小節の"ff più vivo"には加速を続けるという意味が含められているのだろうか。そんなことに悩まされる記述である。
 これまでもこれからも、さんざん音符を改変しているので細かい記述をそんなに気にしてどうするんだ、ということで結局のところあまり気にせずにテキトーに加速する。

66~69小節

 ここで左右ともにオクターブとする。右手は2拍ごとの2分音符をオクターブにする。左手は全部オクターブ。
 右手はポジション移動がないので、左手を見ながら弾くことができるので特に無理なく弾ける。

70~73小節

 この曲の最大の難所となる4小節。すべての音をオクターブとしたせいで強烈に難易度が上がってしまった。
 左右の手の結構距離が離れているので、右手か左手どちらかしか見ることはできない。どちらを見るかというと、やはり右手になると思う。左手はずっと同じフレーズを繰り返すので、とにかく動きを体で覚える。
 最難部である上に加速し切る部分である。曲全体を考えたとき、この部分が最も速くなるようにテンポを設計する。

コーダ:74~88小節
 楽譜の指示では58小節に"sempre stretto al fine"と書いてあるように最後まで加速を続けるとあるのだけど、まるっきり無視した。76小節で一度速度を落としている。76~79小節と80~83小節は僅かにしか違いがなくて、もう少し変化が欲しいと感じたためである。76~79小節は半分くらいの速度で、80~83小節は元の速度で演奏している。
 どうも音量と速度を連動させたくなるようで84小節のピアニッシモで速度を落として、その後のクレッシェンドに合わせて速度を上げた。

86~88小節

 最後のHのトレモロから1オクターブ下のHの部分はp→ffとなっているのだけど、トレモロから1オクターブしたへの跳躍は普通に弾くと無理なので、トレモロの最後の方を遅く弾くことでタイミングを合わせた。どうしてもテンポを崩さずに弾きたいというのであれば、右手でトレモロをひくことでクリアできる。

参考文献
 [1]グリーグ 《ペールギュント》組曲 第1番・第2番 , 全音(2007)
 [2]改訂 音楽科教育 教員養成大学小学校課程用 教育芸術社(1979)
 [3]http://www.sayulin.com/
 [4]青柳いづみこ, グレン・グールド 未来のピアニスト, 筑摩書房(2014)