演奏解説 ゴルトベルク変奏曲 第8変奏

 第8変奏は2段鍵盤のチェンバロ用となっており、そもそもピアノで弾こうというのが無茶だという前提で取り組まなければならない。だが、無茶だとはいえ弾けないわけではないし、現代のピアノ弾きには必須の練習曲に組み込まれている節もある。
 今回の解説では全音のラルフ・カークパトリック版を使う。ウィーン原典版も少し読んだ形跡があるが、ほとんど使っていないのと音が間違っている箇所があるため今回は使わない。
 アンドレ・ジッドのショパンについての覚え書きに近いイメージがあるのだけど、基本的にこの演奏解説というものは、この曲を忘れ去った後に再度練習しようとするときに効率よく練習できるよう注意点をまとめたものであり、僕の経験に100%依存している。そのため誰にでもここに書いてあることが適用できるわけではないが、それでも僕と同じ障害に躓いて悩む人はいると思う。そんな方の参考になったらいいと思う。

テンポについて
 楽譜の解説には四分音符で86(92)と書いてある。編者によると括弧の中のテンポには強く反対だそうだけど、この曲を86のテンポで弾くとかなり遅く感じる。多分グールドのせいでみんな速く弾くようになっちゃったんだと思う。世の中のゴルドベルク変奏曲第8変奏は100を超えるのがほとんどだ。ちなみに僕の演奏は54秒だったので、計算すると106くらいとなる。
 ちなみにグールドの演奏は1955年が46秒、1958年が49秒、1981年が53秒となっている。
 グールドの所為で指定の速度なんて遅くて考えられない!とかなってしまうのは分かるけど、100を超えるテンポで弾くのは相当難しいので、そのテンポで弾くことについてとりわけ主張とかがないようなら無理するな、と言いたい。ホント辛いから。
 速く弾きたいという場合にどこまで速度を出すことができるかという目安として一番速いor難しい場所を弾ける速度に合わせるというのが一般的なやり方だと思う。この曲では16小節32小節の32分音符が出てくる部分、そして装飾音で64分音符の出てくる24小節がある。
 僕の場合、24小節は下のように装飾の音を一つ抜いて3連符とした。これだと32分音符よりは速いが、143の指使いのトリルで済ますことができるので速く弾ける。16小節と32小節はがんばって弾いたが、最後の部分ということでリテヌートとかリタルダンドとかいってごまかすのも一つの手ではある。


指番号の付け方
 こういう左右の手が入れ替わる類の曲は指番号がどちらの手の指なのか分からなくなる。そうなると困るので、右手は音符の上、左手は音符の下に指番号を書くようにした。・・・・はずなんだけど、そうなってない箇所がある。多分、左右の手が明確に分かれている部分だから気にしなかったんだと思う。

 この曲を練習する上で気をつけることがあって、楽譜にメモしてあるので書いておく。
・はっきりと打鍵すること。気を抜いて惰性で弾こうとすると複雑な動きに指が付いてこれず、音が弱くなりそれに引きずられてリズムも狂ってくる。
・休符の前後で音かが崩れやすい。過不足なく正確な時間だけ休むこと。
 これらは録音して初めて気付いたことだけど、左右の手が合ってなかったりリズムがぼけぼけだったりして何がいけないのかと悩んでいる中でこの考えに至った。
 基本的に演奏しているときは演奏に集中しなければならず、自分の音を聞く方に回す集中力は残っていないため、録音して初めて分かるということが多くある。

1~3小節

 各小節の3拍目最初の音がどういう訳かわずかに遅れているように感じることがある。拍を強く意識し、3拍目に強制的に合わせるようにすれば取り敢えずタイミングはあるようになる。
 右手で431指の順に弾くとき3指が遅れることがある。これは3→1の間で間で2指がキーを押すような動きをするためであり、そこで余計な時間を消費するためにタイミングがずれるということが録画して分かった。2指が他の指と一緒に動いてしまうのは指の独立ができていない証拠。4指と違い、指が余計な動きをしないよう意識して訓練すればちゃんと弾けるようになる。
 2小節 ☆Fis→Aを2→1で取るとき指くぐりで引っ掛かることがある。2指でFisを叩いた後、すぐに1指でAを押さえられるようできるだけ1指を近づけておきたい。2小節目最初のDを話したら直ちに1指を高音側に移動させる。1拍分の時間があるのでゆっくり移動しても十分間に合う。

12小節

 譜例、一番上の段の最初のCisに臨時記号が抜けているので書き加えた。
 12~14小節は右手と左手の音域が重なっているためそれぞれの旋律を明確にするため、異なった表現をしなければならない。旋律ごとに音量を変える、音価を変えることで表現するのが一般的だが、もしかしたら旋律線を微妙にずらして表現するなんていうエキセントリックなやり方もあるかもしれない。
 12~14小節は左右の手が交差するところで速度が遅くなってしまう。手が交差することで運動性能が落ちるが、だからといって曲の流れが滞ることが許容されるわけではない。聴衆はそんな言い訳に耳を傾けてはくれない。こういったポイントで速度を落とすくらいなら最初からゆっくり弾くべき。また、左手は上になる関係上どうしても鍵盤の奥を押さえたくなるが、奥の方は黒鍵が邪魔になってミスタッチを誘発するため、手が重なる部分以外は手前の方を押すべき。
 2拍目の前半ACの連打になる部分。右手がCA、左手がACという形になる。ここは左手が上で右手が下になる。右手を上下に動かすと左手に当たってミスタッチに繋がるので右手は指の動きだけで弾くこと。アップライトピアノだと1音目をスタッカートにしないと次の音が出せない。
 2拍目後半▽左手ED。左手が右手の上に重なっているため、右手と比較して指の移動距離が長くなり全体としてテンポが落ちやすい。右手と同時に押しているつもりでも左手は遅れる。このことを理解して左右のタイミングが正確に合うように訓練しなければならない。

13小節

 前半部分は左手が上になって交差する。両手が互いに干渉しないために、左手を高く、右手を低くする必要がある。左手5指は鍵盤までの距離が遠く押しづらいため、手を低い位置に持ってきたくなるが、そうすると右手と干渉するので左手は高い位置のまままっすぐに上からつきおろすようにして弾く。
 ◎左手3音目からの3音は一塊になりやすい。明確に独立させないとリズムが崩れる。
 △3拍目、最後の3音は同音連だになるが、アップライトで弾こうとする場合はハンマーの戻りが遅いため音を極めて短く切らないと音が出ない。

14小節

 前半は右手が手前で左手が奥。右手はできるだけ平ぺったくひくくしておかないと左手と干渉する。左手は黒鍵の隙間を弾かなければならないので右手にはそうやって引っ込んでいてもらう。右手2拍目の4→1は平ぺったくしたままでは弾けないので左手でDを押したらすぐにキーから離して右手のために空間を空ける。

16小節

 ☆右手3-4音目A-Cisを3-4指で取る。少し距離があるため、3-4指を開く動きを意識すること。また、次のDを5指で押したときに手が開いた状態になるが、手が開いたままだと32分音符の速度が出せないので、Dを取ったらすぐに次の音を弾きやすい形になるように手をすぼめる。

17小節

 ☆4小節目と告示しているが、右手最後の音だけ違う。間違えやすいので4指で取ることにした。
 左手最後のAは18小節最初のGに繋がることを意識して弾くこと。

19小節

 ◎右手1拍目と2拍目最後の4指は手をすぼめた状態でキーを押すと音を外したり弱かったりすることがある。指の第1関節を伸ばし、第2関節だけ曲げて指を根本から動かしてキーを押すようにすると音を外さない。また、第1間接が力を吸収することで音を弱めることもなくなる。

21~22小節

 21小節 20小節からのつながりで1拍目は上段と下段で左右が入れ替わっている。手の重なりは左手が奥になるのだが、右手はFisを押さえなければならないため左右の手でそれぞれスペースを融通しなければならない。
 22小節 ※右手3泊目第1音C、この2指の位置は次の小節で目印にになるのでこれを弾いた後ポジションを移動しないこと。

23~24小節

 ☆23小節1拍目と2拍目の間のFis-G。この2音はある程度強く弾かなければならないが指使いの関係上どうしても弱くなりがち。かといって力を込めて弾いているとそのうち指を痛めそうな気がする。4,5指をまっすぐに伸ばしてできるだけ力を逃がさないようにして勢いをつけて叩くと良い。
 23小節3拍目D音に3と指番号がふってあるが、1で取ったほうが良い。D-Aを3-5で取ると距離が長いためバランスが崩れ次のトリルでコケる。また、Dを1で取ったらすぐに次のトリルに備えて1指をG音付近に近づけておく。

29小節

 右手最初のHは強拍であり、周りの音よりも弱くなってはいけない。にも関わらず4指でこの音を取ると往々にして弱くなる。4指が弱いというだけでなく、前のD-Fis-A-Cを押したときに指が鍵盤の上に残っていて4指が打鍵するためのストロークが足りなくなっていた。直前のCを押した時点で1~4指は鍵盤から離す。
 3拍目、どういうわけか右手と左手が揃わずに苦労した。しかも録音するまでずれていることにも気づいていなかったし、録音してからもここがずれていると気づくのに大分手間取った。どういうわけか、ここで生じた歪が次の30小節に現れたため、なかなかここだと判明しなかった。ゆっくり一音一音正確なタイミングで弾く練習をして徐々に速度を上げていくしかない。

30~32小節

 30小節 右手最初の音は強拍であり弱くなってはいけないのだが、漫然と弾いていると4指の弱さを露呈してしまう。4指の力が足りないと感じるのならこの音だけ特にアクセントをつけて弾く。珍しく気合で切り抜けられる。
 *31小節3拍目~最後は上段と下段で同じ音域を引くので旋律が認識しづらくなっている。各旋律の粒揃えを別の形状にすることで表現できる。上段をスタッカート、下段をレガートとするとか。左右の手に音を割り振ったとしても各旋律毎に粒を揃えなければならない。
 32小節2拍目の最初の2音。左右でタイミングが微妙にずれる。1音目が続く32分音符に引きずられて短くなってしまうためそうなると思われる。右手がFisをすぐに押そうとするのを止めて左手がGを押すタイミングに合わせる。

 予想通り結構な分量になってしまったが、取り敢えず纏めることは出来たのでこれで後腐れなく次の曲に移れる。

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