シューマン 劇場の思い出

 子供のためのアルバムOp.68より25番劇場の思い出を録音した。
 シューマンを録音するのは多分初めて。以前、子供の情景の鬼ごっこを録音しようとした事があったけど、なんか有耶無耶になってしまった。気が向いたらまた試みたい。
 子供のためのアルバムは全部で43曲ある。昔練習したバイエルに「楽しき農夫」が収録されていたけど、あんな感じで簡単な曲なんだろうから1週間で弾けるようになるだろうとナメプした上にあんまり練習しなかったため、1週間じゃ全然弾けるようになっていなかった。続く1週間でちゃんと練習して録音した。
 実は、子供のためのアルバムは1~18番が「小さい子のために」、19~43番が「もっと大きくなった者のために」と書かれている。つまり、18番と19番を境に難易度が変わる。だから舐めてかかっちゃ駄目だよってことなんだけど、そもそもどんな曲だろうと舐めてかかるなよって話である。
 折角なので、あんまり書くこともないけど、いつものように演奏解説をしてみる。
 使用楽譜はピアノ・コンサート Vol.4 ランゲ作品集 シューマン作品集(1)という1978年TBS発行のもの。近所に住んでいるリタイアしたピアノの先生がもういらないからといってくれた。指番号の表記が小さくて見づらい。レコードとセットで出版したらしいけど、レコードは付いてない。というか付いていてもレコードを聴ける環境がないので聞けない。この楽譜が何者なのかちょびっと検索してみたけど全く出てこないから、あんまり出回っていないんだろうなと思う。こういうデザインの表紙。

タイトルについて
 「劇場の思い出」というのは楽譜に書いてあるタイトルだけど、手元にあるJörg DemusのCDには「劇場からのひびき」となっている。原題は"Nachklänge aus dem Theater"、Theaterは劇場という意味でいいのだけど、問題となるのは"Nachklänge"。手元にある拾い物の辞書には"Nach・klang m-[e]s/..kkänge 反響,残響:余韻,余情:追憶.[1}"となっている。ドイツ語じゃ両方の意味を持たせているようで、どちらでも正しそうなので、何とも言えない。ドイツ語のネイティブの人なら正確に認識できるのかもいしれない。曲自体の雰囲気から判断するというのもありだけど、ショパン流にタイトルでイメージを固定しないよう深く追求しないでおくことにする。

テンポについて
 "Etwas agitiert"となっている。"agitiert"は「激動した、興奮した、引っ掻き回した[2]」。なんで過去形なんだろ。それはそうと、英語で言うところのagitation、擾乱するとか扇動するとかをイメージしてしまう。
 "Etwas"の方はというと、「何か」とかいう意味で英語のsomethingに当たる。よく分からない。googleさんに聞くと「何か激しい」と出てくる。なにがなにやら。ここは日本語の曖昧さを最大限に発揮して「激しいっぽい?」とでもしておこうと思った。

 これまでチェルニー30番をできるだけ手元を見ないように練習してきた甲斐もあって、大体楽譜を見ながら弾けるようになっていた。しかし、やっぱりどうしても手元を見ないといけない部分はあるもんで、そういう部分は手元を見るという意味で楽譜に*印を付けた。ペダルオフと同じ記号だけど、書く位置が異なるので間違えることはない。
 また、楽譜ばかりを見るようになった弊害か、覚えるということをあんまりしなくなった。そのせいでどの指でキーを押すかとか、ペダルを踏むタイミングとかが全く記憶に残らなくて最初の1週間はそのばその場でペダルや指使いを考えながら演奏しており、非常に不安定ですぐに止まってしまっていた。そこで、指番号とペダルの支持を楽譜に書き込んだところ、劇的に弾きやすくなった。

2小節

 手元を見ずに弾くために:☆右手、Fisのキー黒鍵左側に3指を当ててFの位置を合わせる。

4小節

 ※4, 27小節右手。最初のADの和音。Aを1指で取るには直前のGisの2指の下をくぐらなければならない。そうすると5指のDとタイミングがずれやすいので意識して同じタイミングになるように心がけること。

16~19小節

 この辺りのさり気なく声部を増やしてくるあたりはとてもシューマンらしい。

22~24小節

 Eのオクターブの連打について。ディミヌエンドに加えてペダルの指示のあるように音色を変えて演奏する。22小節前半は小節頭のEメジャーの響きを引っ張ったまま弾き、22小節後半に入ったEの打鍵と同時にペダルを踏み変えてEの音だけを残して他を消す。23小節目に入ったところでペダルを離す。そして、23小節最後で再現部となる主題をpで弾き始める。

参考文献
 [1]R.シチンゲル、山本明、南原実, 新現代独和辞典, 三修社(1997)
 [2]遠藤三郎, 独仏伊英による音楽用語辞典[改訂版], シンコーミュージック(1991)

コロイド分散液の濃度と密度 追記

 1年くらい前にコロイド分散液の濃度と密度の関係について説明した。
コロイド分散液の濃度と密度
 分散液の密度をd、溶媒(分散媒)の密度をDL(g/cm3)、粒子の密度をDs(g/cm3)、粒子の濃度をC(wt%)とすると、
 { \displaystyle d = \frac{100 \cdot D_L \cdot D_s}{C ( D_L - D_s ) + 100 D_s} }
となる。というものである。
 今回は、温度によって溶媒の密度が変わるという点を式に組み込んでみることにした。ただ、前回ほど簡便なものではなくはっきり言って蛇足に近いし、DLに求めたい温度のときの密度を入れるだけで済む問題である。それでも、一応こういうのはちゃんと出しておかないといけないと思うので説明する。期待の状態方程式なんかを正確に表現しようとすると複雑化していくようなものだと思ってもらうといいかもしれない。

以下の条件を追加する。
・溶媒は仮に水とする
 説明本文を読んでもらえば水以外でも出来ることは理解いただけると思う。
・粒子の密度は温度で変化しない
 これも別に変化してもいいんだけど、その場合はDsの代わりに複雑な式が入ってくるだけなので。

 実際にやることはDLに温度と密度の関係式を嵌め込むだけなので、見た目が複雑になるだけで、難しいことはしない。
 ここでやらなければならないのは温度と密度の関係式を作ることである。そんな都合の良い式があるわけではないので、便覧とかからデータを引っ張ってこないといけない。
 とはいっても、ネットで探せばすぐに出てくる。流体工業株式会社の技術資料 液体編6.  水の密度 、粘度 、音速(魚拓)というのが見つかったので、これを使う。なお、この表だと4℃以下がないので、こちらの水の密度表(魚拓)を使った。
 これをグラフにプロットして、近似曲線を求める。これが温度と密度の式となる。

 ここから近似式を求める。最小二乗法の説明とかしても仕方ないので、エクセルが出力する近似曲線をそのまま使う。近似は4次方程式で行った。

 この近似式は書いてある通り。
y = -1.41270E-10x4 + 4.36996E-08x3 - 7.63960E-06x2 + 5.29364E-05x + 9.99898E-01
 こいつのせいで面倒くさいことになっている。
 そのまま式に組み込むのは邪魔すぎるので桁数を下げたい。そこで、桁数を下げたグラフを描いてどこまで精度を下げても使えるかを調べる。

 1本の線に見えるけど、小数点以下を1~5桁まで四捨五入して求めたグラフである。よく見ると完全には重なっていない。
 なんと、小数点以下一桁まで下げても問題なさそうである。
 そんな訳で、水の温度と密度の関係式は以下のものとして扱う。
y = -1.4E-10x4 + 4.4E-08x3 - 7.6E-06x2 + 5.3E-05x + 10.0E-01
 以上より、温度をt(℃)とすると、濃度、密度、温度の関係以下のように示すことができる。
{ \displaystyle d = \frac{100 \cdot D_L \cdot D_s}{C ( D_L - D_s ) + 100 D_s} }
ただし、{ D_L = -1.4 \times 10^{-10} t^4 +4.4 \times 10^{-9} t^3 - 7.6 \times 10^{-6} t^2 + 5.3 \times 10^{-5} t +1 }

 前回みたいに、チタニア粒子について3パラメーターを変動させたのを計算して立体グラフにしてやろうかと思ったのだけど、温度と密度の関係の変動が最大で5%弱の減少しかしない地味なものであり、視覚的に劇的な効果とか全く期待できないのでやらないでおく。

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チェルニー30番22 演奏解説

 チェルニー30番22はトリルの練習。昔からトリルは苦手なのだけど、最近は結構弾けるようになってきた。そう思ってたのだけど、これを弾いてみるとやっぱり苦手だわ、ってなる。
 いつも通り、楽譜は全音版を使う。音楽性とかいった曖昧で難しい部分は割と閑却して、メカニカルな部分を中心に低レベルな解説をする。

テンポについて
 4分音符で144bpmとなっている。いつものチェルニーらしく、結構速いけど、でもトリルといったらこれくらいの速度で弾かなきゃならんのだろうなと思う程度の速さ。例によってチェルニー30番学習者にとっては速すぎるので、普通に練習するなら多分テンポを落として弾くべきだと思う。
 僕の場合は調子に乗って指定速度より速く弾いて、そのせいで崩壊しているのに気付かずに、どうして弾けるようにならないのだろうと悩んだ。結局、メトロノームに合わせて弾いたところ、自分のテンポが速すぎるということに気付いてちゃんと弾けるようになったというわけ。

トリルについて
 パッセージはある程度速く弾くと少しくらい雑でも気付かれないとショパンは言っていた[1]けど、速いトリルも同様にごまかしが効く。直前に同じ音を出しているため、打鍵がその音に紛れてしまい正確なタイミングを認識しづらくなるんじゃないかと思う。しかし、極端にズレたタイミングだとやっぱり気付かれてしまうので、正確であるに越したことはない。
 指定の指使いは4指を酷使する場面が多く、すぐに指が疲れてしまう。4指が疲れてしまったら、指定の指使いから外れるが3指で代わりに弾くようにすると良い。
 また、指を交互に上げ下げするのに疲れてしまった場合は、コンパス弾き[2]で逃れることも出来る。コンパス弾きというのは根津栄子による名称だが、手首の回転により1指と5指で交互に打鍵する弾き方。別に1指と5指である必要はないのだけど、打鍵する指同士が離れていた方が回転角が小さくて有効であるというだけ。尺骨と橈骨の動きを理解しておくとなお良い[3]。なお、コンパスはこうやって動かして使うものではない。
 グランドピアノなら、キーが完全に上る前に再度打鍵できる機構(ダブルエスケープメントアクション)があるので、かなり力を節約して演奏することが出来る。逆に言ってしまうと、この曲はダブルエスケープメントを前提としている[5]ので、アップライトでちゃんと弾けるなんて思わないほうがよい。

1小節

 手元を見ずに弾くために:■4拍目右手。Dis-E-Fisを2-1-2で取る。2指が1指を跨いで左から右に移動するのだが、2指で押すキーは1指を挟んで対称な位置にないことに注意すること。FisとEはちょっと離れてる。

6~7小節

 手元を見ずに弾くために:左手6小節3拍目から7小節。FisH→Fisという流れだけど、2指でFisを取ってから1オクターブ下のFisを5指で取るところは2-5指で1オクターブの距離を測れるなら手元を見る必要がない。その際、1指でHを押さえたままだと2-5で8度は届かないので、Hは先に離鍵することになる。とはいっても、この曲集自体1オクターブの届かない小学生くらいの子供向けとして書かれており、そういう人には難しいかもしれない。

8小節

 ☆8小節右手。1拍目は指先を少し右の方に向け、4指とAisのキーが斜めに交差して接触するようなポジションを取る。2拍目に入ったところで指先が正面を向くポジションになるように手首と肘を回す。3指と4指は腱を共有しているために一緒に動いてしまうので、1拍目は3指と4指がすぐ側で一緒になって上下する。その位置に3指があると、2拍目のFisまで少し距離があるため移動に手間取る。この3指の移動を手助けするために手首と肘を回す。

9~14小節

 ✡両手のトリル。左右の打鍵タイミングが合わず逆位相になったりするとかなりみっともない。拍を意識して各拍頭で左右のタイミングが一致するように調整する。4音程度なら逆位相になるほどずれるということもないし。

9, 11小節
 ◎小節頭のfpによるアクセント。最初の音だけを少し長めの音価で取ることによってアクセントとするやり方もある[4]

12小節

 12小節前半右手。この部分はコンパス弾きをする。
 手元を見ずに弾くために:※左手3拍目。スタッカートで短く音を切った勢いで手を動かすことのないように。この次の音はHの隣のAなので離鍵後動かずにその場にとどまっていれば手元を見る必要がない。

16~21小節

 右手2声になっている部分。このあたりはずっとフォルテだが、4指の絡むトリルをずっとフォルテで弾き続けるのは辛い。1,2指で弾く下の声部だけを強く弾いてトリルは弱音で弾くとか、あるいは拍頭の音だけアクセントを付けてもよい。
 この部分は曲の流れが不自然になることがある。トリルの速度が不安定で、左手をトリルのリズムに合わせようとするとおかしな感じになる。トリルの速度を安定させるのが最もよいけど、主旋律である左手にスラーが付いていることを意識して、次の音と完全に繋げてしまい隙間をなくすことで不自然な印象を弱めることが出来る。
 手元を見ずに弾くために:16小節左手。1拍目と3拍目は同じH-Disの和音なので、離鍵した後手を移動しない。指だけ変更する。

22小節

 右手。始めのFis-Hを離鍵して続くトリルに入ったら、直ちにポジションを高音側に移動する。Fis-Hのポジションだと指を高音側に目一杯伸ばさなければならず、キーを押すための力が余計に必要となってしまう。遠くのキーに対してはより多くのトルクを掛けないと動かない。

30小節

 ※30小節右手1拍目最後のCis。この3指は離鍵した後キーの上に残しておくと、続く指くぐりの際に1指の移動の邪魔になる。脱力してキーが自然に持ち上がるのに任せるのではなく、積極的に指を上げて離鍵すること。手元を見て弾くと、3指は無意識に1指の邪魔にならないように避けるので、どうしても上手く弾けない場合は手元を見るとよい。

31小節

 ◎右手1拍目。4指が疲れ切って動きそうになかったらDisを3指で取ると良い。

参考文献
[1]ジャン=ジャック・エーゲルディンゲル, 弟子から見たショパン―そのピアノ教育法と演奏美学, 音楽之友社(2005)
[2]根津栄子, チェルニー30番 30の小さな物語・下巻, 東音企画(2013)
[3]トーマス・マーク, ピアニストなら誰でも知っておきたい「からだ」のこと, 春秋社(2006)
[4]小林仁, ピアノが上手になる人、ならない人, 春秋社(2012)
[5]岳本恭治, ピアノ脱力奏法ガイドブック 2, サーベル社(2015)

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シンフォニア15番 演奏解説

 インベンション15番を録音したので例によって解説文を上げる。
 先のインベンション5番では分かりやすい作りをしていたこともあって結構音楽的な内容に踏み込んで解説したけど、今回はメカニカルな部分を中心に解説する。
 楽譜は全音版、参考資料としてバッハ インベンションとシンフォニーア 解釈と演奏法ピアノ教師バッハ―教育目的からみた『インヴェンションととシンフォニア』の演奏法を使った。

速度
 今回は自分の中のイメージ通りにしようと試みた結果、124bpmくらいの無駄に速い演奏となった。この速度はあまりオススメしない。
 解釈と演奏法には次のように書いてある。

 主題については8分音符をスタッカートに奏することによって新鮮で軽やかな気分をあらわせるし、それとは別にいくぶん鈍重で落ち着いた、どちらかと言えば憂愁な雰囲気をも表出できる。

 こう書いている一方で、楽譜の解説文には「テンポはModerato 4分音符=±75」としている。
 楽譜の解説ではAllegro con brioについての言及がない。ちなみに手元のメトロノームの表示だとモデラートが108~120、アレグロが120~168となっている。モデラートと75と言い張るのはだいぶゆっくりなじゃないかという気がする。モデラートとアレグロの速度比は1.1~1.4倍くらいなので、モデラートを75とするとアレグロは82.5~105となる。グールドのテンポが105くらいなので、アレグロというとちょうどこんなくらいかなと感じる。
 なお、始めの2小節の左手ゲネラルバス(通奏低音)が8分音符、8分休符の連なりになっていることから4分音符のスタッカートとみなして、全体をスタッカートに奏するべきなんじゃないかと思い、全体を通して8分音符はスタッカートで演奏することにした。10、11小節の8分音符をスタッカートで弾くとか信じらんねえ[2]、みたいな意見があるけどスタッカートにしたかったのでそうした。

装飾音
 バッハのトリルは上隣接音から弾き始めるというのが基本なのだけど、この曲では随所に対声と思わしくない進行が生じるため、主要音から始める[2]とのこと。連続5度を例として上げているけど、1,3小節を始め連続5度にならない部分も多くあるため、多分別の理由があるのだろうけど、和声に詳しくないので何がいけないのかよく分からない。
 また、5,11,21小節については上隣接音から弾き始めるのが良い。



 いろいろと理由をつけて、ああした方が良い、こうした方が良いと書いたているけど、結局は演奏した時に自分で良いと思える弾き方をするのが良い。だから、僕もここで書いた通りに演奏するわけではない。

5小節

 ☆右手2拍目このトリルは基本通り上隣接音から始める種類のトリルだけど、主要音から初めて3音だけを演奏した。このひきはじめのGisはキーの左側を押さえたほうが良い。次のAが黒鍵と黒鍵の隙間なのでGisを右のほうで押してしまうとAを押すために指を差し込むスペースがなくなってしまう。あるいは(223)(213)など、A音を鍵盤の手前側で押せる指使いにする。
 本来のA-Gis-A-Gisという弾き方をするならこの心配はなくなる。ただし、黒鍵と黒鍵の隙間を押さえるかAを1で押さえるかという選択が生じる。
 ※右手3拍目。Fis-Eis-Fisは434が標準的な指使いだが、Eisを鍵盤奥の狭い部分で押さなければならず、隣のEを一緒に押してしまうことが多々ある。Eを避けようとすると、今度はFisが沈んだ状態でEisを押すので横からFisを押さえる形になってFisキーが戻らず次の音を押せなくなってしまう。(454)(443)という指使いでこれを回避することができる。

10小節

 右手5指。10小節に限ったことではないのだけど、右手5指が弱いと感じる部分が度々ある。パッセージの中で高音として強調するべき5指だけが弱いので目立つ。ここでは4→5という順でキーを押しており、4指と関連して音が弱くなっている。指の力が弱いというのも一因ではあるのだけど、4指を離鍵する反動(反作用)で5子を振り下ろすと強い音が出る。

13小節

 左手1~2拍目、GからEに跳躍するところ。右手を飛び越えて跳躍するため、ある程度高く手を上げないと右手とぶつかってしまう。思い切って高く上げてしまえば良い。跳躍先のEは黒鍵の横の狭い部分なのでよく見て打鍵すること。
 左手でEを打鍵した直後に右手で同じ音を押すので、特に短く切らないといけない。少し早いタイミングで押すのもあり。どうせなら曲全体を通して左手を僅かにずらして弾いても良いけど、多分凄く難しい。

16小節

 ☆右手3拍目E。このEは出来るだけ手前の方を押さえる。これを奥側で押さえてしまうと、3指か4指をCisに引っ掛けてCisのキーが少し沈んだ状態になってしまう。これは次に押さえるキーであり、沈んだ状態から弾くとちゃんと音が出ない。下手をするとまったく音が出ないということもある。
 左手3拍目。このH→Hは1→4のオクターブなので容易にクリアできそうなのだが、よく外す。直前の指くぐりのせいで手が右を向いた状態であり、それに加えてスタッカートで短く切ろうとするため、手のポジションが不安定になり、オクターブの距離が不確かになってしまうため。1指を離鍵した位置から動かさずに手の向きを正すか、いっそ手元を見るようにしたら良い。
 左手4拍目Gis。スタッカートでひこうとすると、離鍵の際に指がキーから離れるため距離感が掴めずに外しやすい。半音下の黒鍵であることを意識し、あまりポジションを移動せずに弾く。

18小節

 ※右手1拍目E。キーを押してるのに、この音が出ないことがある。原因は直前で気付かないうちに4指がこのキーを押してしまっているため。5、3指でキーを押さえることになっているがこれらのキーは4氏と腱を共有しているので4氏は釣られて動いてしまう。そうして動いた先にあったEを気付かないうちに押し下げている。4指がつられて落ちてこないように意識して上げておくこと。

20小節
 19小節の終わり部分から、気分が乗るのか妙に速くなるので、暴走しないように一定のリズムで16分音符を刻むように音階よりも打鍵を意識する。

21小節

 左手最初のH。隣のAisのキーが邪魔になって弾きづらいので、中途半端な打鍵にならないようにしっかりと奥まで押し込むこと。

参考文献
[1]市田儀一郎, インヴェンションとシンフォニア
[2]市田儀一郎, バッハ インベンションとシンフォニーア 解釈と演奏法
[3]グレン・グールド, インベンションとシンフォニア
[4]村上隆, ピアノ教師バッハ―教育目的からみた『インヴェンションととシンフォニア』の演奏法

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ピアノの練習時間

 ショパンはピアノの練習を1日に3時間以上してはいけない、何時間も練習したって集中できなくなるので、長時間練習してないで本を読んだりアニメを見たりして精神修養に心がけよ、というようなことを言っている[1]

 ショパンが何よりも恐れていたのは、弟子の練習がマンネリになって感覚が鈍くなりはしないか、ということでした。私が、1日に6時間練習しているといいますと、ショパンはひどく怒って、3時間以上はしてはいけない、とわたしに言い渡したのです。
  デュポワ/ニークス
 長時間かけて練習しないで練習の合間には読書をしたり、傑作をじっくり調べたり、気分転換に散歩でもしなさい、と彼は口癖のように弟子に言うのでした。
  グレッチ/グレヴィンク
 ただ機械的に練習を繰り返せばよいというものではい、練習には全身全霊をあげて集中しなければならない。と彼は口癖のように言っていた。だから気が乗らないのに同じことを20回も40回も繰り返せ、などとは言わなかったし、それよりももっと嫌がったのは、カルクブレンナーが進めるような、ピアノを弾きながら読書もできるような練習の仕方だった。
  ミクリ
 ショパンは精神の集中を第一に考えて独自の技法を編み出したのであり、単なるメカニズムの練習を何時間も繰り返したわけではない。ニコラ・ショパンは、息子が3年間カルクブレンナーについてみるかどうか、まだ迷っているとき、「知っての通り、お前は演奏のメカニズムにはほとんど時間をかけず、指のことよりも精神の集中に余念がなかったのだよ」と、書いてきている。
 この点については(他の点についても同じだが)ショパンは当時のピアノ流派のほとんどに、そしてリストにも背を向けていると言える。リストはこの頃には「技法は精神の働きから生まれる」ことに気が付かず、単なるメカニズムの練習を尊んでいた。「・・・私は、4,5時間も練習している(3度、6度、オクターヴトレモロ、反復音、カデンツァなど).ああ! もう気が狂いそうだ――私がどれほどの芸術家か、君にそのうち分かるよ」と、リストはパガニーニを聞いた後に、ピエール・ウォルフに宛てて書いている。同じ頃、彼は弟子にも同じような要求をしている:「アルペッジョとオクターヴをあらゆる調子で弾くこと、使わない指は鍵盤を押さえたまま、順番にすべての指で音を弾いていくこと、音階を速く強く弾くこと、要するに手の練習になることなら何でも、1日に少なくとも2時間やるように彼は進めてくれた」。
 だから、ショパンが3時間以上は練習(指の訓練、エチュード、曲を含む)しないよう人に言っていたのに対し、同じ頃リストが自分でも実行し、人に勧めていた指の訓練は、場合にもよるが、そのくらいではとても足りないものであった。フンメルは「既に上達したピアニストの多くが、目標に達するには1日少なくとも6,7時間は弾かねばならないと、頭から思い込んでいる。それは間違いなのだ。毎日規則的に3時間集中すれば十分だと、私はそういう人たちに断言できる。それより長く練習しても精神が麻痺してしまって、演奏は魂の抜けた機械的なものになるし、いくら練習に熱を上げても、しばらく中断しなければならなくなってしまうようなことがあると、もう指は思うように動かないという破目になるのがほとんどだ。そういうときに演奏の依頼があったりしたら、調子を取り戻すには何日もかかるのだから、本当に困ったことになる」と説いている。

 ショパンは1日3時間以上練習してはいけないと言っているのに対して、同時代のリストは1日14時間練習していた。この2人はどちらも天才なのだけど、この練習時間の比較だけを見てもリストは努力の人という感じがする。ただし、リストの晩年の作風には若い頃の派手派手しさが鳴りを潜めた感じがあることから、もしかしたら考えが変わった可能性もある。リストに関してはあまり文献を読み込んできていないので確かなことは言えないのだけど、今後そういう文献に当たったら書き改めたい。
 それで、実際にはどれくらい練習するのが適当なのかということだけど、僕の考えでは人それぞれとしか言いようがない。
 ショパンほどの天才ならば短い時間の練習で十分なのだけど、凡百のピアニストが真似してやっていけるとはとても思えない。あまり練習しないピアニストと言うとグレン・グールドが有名[2]だけど、話を聞くに彼の場合はメカニカル部分の練習を全く必要としないとても羨ましい体質であるらしく、それなら常人が多くの時間を費やす練習を劇的に減らすことができるのだろう。ショパンも非常に体が柔らかくウンヌンカンヌンという話はよく聞くところである。

 グールドの天才の証明の一つとして、先程の「ピアノに問題がない」と関連して、「全く練習しなくても弾ける」ということがあげられる。
 「あまり練習していない」というのは、ステージ演奏家にせよ音大性にせよ、一種の慣用句のようなものである。実際には朝から晩までピアノの前に座っていても、それほど練習しなければ上手く弾けないことを悟られたくないという心理が働く。とくにコンクール前などは、ライヴァルたちを牽制する意味でも「さらってない」と言う。
 しかし、グールドは本当に練習しなかったようだ。『グレン・グールド 神秘の探訪』の著者、ケヴィン・バザーナがグールドの残したメモを見たところによると、1970年以来、もし練習するとしても半時間、大抵は1時間で、2時間以上のことはけっしてなかったという。
 レパートリーをつくっていて、新しい曲をたくさん準備していた13歳の頃でさえ、1日に3時間程度しか練習しなかった、とグールドは言う。それですら彼の演奏人生では厳しい練習スケジュールが組まれていた唯一の期間だった。
 プロになってからは、必要に応じて「楽譜の構想を強化する」目的から練習することはあっても、楽器との接触それ自体のために練習することはなかった。
 この習慣はニューヨーク・デビュー前に既に確立されていたらしい。ジョナサン・コットとの対話をまとめた『グレン・グールドは語る』で彼は、19歳の頃、初めてベートーベンの《ピアノ・ソナタ作品109》を弾いた時のエピソードを明かしている。
 デビュー前だったが、「当時でさえ、楽器の奴隷になりようがなかった」。完璧に暗記してからピアノに向かう習慣がついていたので、初演の2,3週間前に譜読みを始め、1週間前に練習をスタートさせた。自殺行為に聞こえるかもしれないが、それがいつものやり方だったのだ。

 凡夫が地道にメカニカルの練習をしているあいだ、音楽に没頭できるのだからそりゃ物凄く有効に時間を使えることだろう。こんな天才に並ぶためにはリストレベルの才を持った上、毎日14時間もの練習をしなければならないというわけである。

 ここまで、3時間の練習時間が短いという話をしてきたけど、実際のところプロの演奏家でもなければ目指しているわけでもない普通の人にとっては、学生であれ社会人であれ1日3時間の練習量というのは凄く多い。金子一朗の言う通り[3]とにかく時間がないのだ。プライベートの時間とか勉強時間とか読書とかアニメとかを相当量犠牲にしなければ続けることはできない。音大生でもないのに1日3時間も勉強時間をピアノの練習に費やしていたらとても学業を成就するなてできないわけである。そういう意味でならショパンの言う1日に3時間以上練習するなんてとんでもないというのは正しい。
 そんなわけで、プロでもない人が3時間が多い少ないと論じる事自体にあんまり意味がなくって、現実的に毎日3時間も時間をとることができないのである。

参考文献
 [1]ジャン=ジャック・エーゲルディンゲル, 弟子から見たショパン そのピアノ教育法と演奏美学【増補・改訂版】, 音楽之友社(2005)
 [2]青柳いづみこ, グレン・グールド 未来のピアニスト, 筑摩書房(2014)
 [3]金子一朗, 挑戦するピアニスト, 春秋社(2009)